[コメント] エル・スール −南−(1983/スペイン=仏)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
父親の手紙をしたためている相手が、『ミツバチのささやき』に出てくるアナの母親テレサではないか・・・と言った考察を書いてみたが、両作品を再び見る機会があり確認してみた。
女優の名はイレーネ・リオスだが、これは芸名で本名はラウラ。『ミツバチのささやき』のテレサは相手の消息を知りたがっていたのに対して、ラウラはむしろ縁を絶ちきりたい様子。
という事で全くの別人だった。時期的にも合致するし、手紙を書きあっているので勝手に想像を膨らませてしまった。
お恥ずかしい限りだが、それでも個人的には両作品に、そういう接点を持たせてあげたい思いは今でもある。
以下は今まで通りの内容。−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
■芸術的な映像
・この作品の室内における光と影の映像は”動くカラバッジョの絵画”。ため息の出るくらい美しい陰影の出し方をしています。
・「木に残るブランコの跡」「南を向いたカゴメの風見鶏」など象徴的な場面にも、エリセの意図に思いを巡らせる深みがあります。
■少女の成長
8歳のエストレリャにとって大きな存在、並木道を通ってバイクで帰ってくる父親。黙って待っていても自分の所までくるのに、わざわざバイクに駆け寄るエストレリャ。子供が理屈抜きに父親を慕う象徴的な場面です。
枯れ枝の並木道では、自転車に乗ったエストレリャが戻ってくると15歳になっていて、見事な時間経過の表現でした。
父の秘密を知り、父との秘密を共有するかの感覚を持つエストレリャですが、15歳という中途半端な年頃ゆえに、秘密を知っている事を父に明かしてしまい、深く父親を傷つけてしまいます。隣の会場から聞こえる「エン・エル・ムンド」(幼いエストレリャと踊った想い出の曲)が辛く耳に入る。対照的に誰も居ないレストラン、その端の席座る父親はこの上ない寂しさだった事でしょう。
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