[POV: a Point of View]
ドイツ映画史と映画で観るドイツ史
A:ドイツ第二帝国の崩壊(〜1918) B:ワイマール共和制時代(1919〜1927) C:ヒトラーの釈放(1925)とナチ党再結成 D:ナチス・ドイツの一党独裁とヨーロッパ席巻(1933〜1945) E:分割統治(1945〜1949)と東西分立、ベルリンの壁の出現(1949〜1961) F:「オーバーハウゼン宣言」とニュージャーマンシネマの時代(1962〜1981) G:商業映画の台頭と東西統一までの道(1982〜1989) H:東西統一と経済格差(1990〜)
B | ヴァリエテ(1925/独) | ◎1925年 サーカス映画『ヴァリエテ』公開 米・日では不倫描写が嫌われ半分以下の短縮版で公開された | ||
C | クーレ・ワンぺ あるいは世界は誰のものか?(1932/独) | ◎1932年 『クール・ワンペ』、共産主義的として上映禁止 B・ブレヒト、米国へ亡命す | [comment] | |
C | ジャッカルの日(1973/米) | ◎1929年 パリ映画撮影技術学校出のウィーン人F・ジンネマン、ベルリンで撮影助手となるも直ぐに渡米 | [comment] | |
C | 制服の処女(1931/独) | ◎1931年 独立プロ作品『征服の処女』公開 女学校を舞台にする同性愛描写が話題となり日本にも上陸。 | [comment] | |
C | 三文オペラ(1931/独) | ☆1928年 ブレヒト+ヴァイルに拠る戯曲『三文オペラ』がベルリンにて初演 一年を越えるロングラン | [comment] | |
C | パンドラの箱(1929/独) | ◎1929年 ハリウッド女優ルルことルーイズ・ブルックス、借金苦で渡独、2作に主演し絶賛を博す | [comment] | |
C | ガソリンボーイ三人組(1930/独) | ◎1930年 独逸シネ・オペレッタの草分け的作品『ガソリンボーイ三人組』が公開され好評を博す | [comment] | |
C | 吸血鬼(1932/独=仏) | ◎1932年5月6日 ドライヤーの自主映画『吸血鬼』、紆余曲折を経てウーファー劇場で封切 | [comment] | |
C | タブウ(1931/米) | ●1931年3月11日 『タブウ』を完成させたムルナウ、NY試写への途上、自動車事故により死亡 享年40 | ||
C | 幻の女(1944/米) | ◎1933年 ウーファの若手監督R・シオドマク、15本の作品を残しパリに亡命、更に’39年渡米す | ||
C | 西部戦線異状なし(1930/米) | ●1930年 撮影監督カール・フロイント、英国、次いで米国に渡り『西部戦線異状なし』の撮影に参加 | ||
C | サンライズ(1927/米) | ◎1927年 F・W・ムルナウ、ハリウッドに招かれ全面協力の下『サンライズ』を完成す | ||
C | 伯林−大都会交響楽(1927/独) | 1941年7月15日 戦前ドイツを代表する作品『伯林−大都会交響楽』の監督W・ルットマン、ベルリンで死去 | ||
C | 青い棘(2004/独) | ☆ | ||
C | 嘆きの天使(1930/独) | ◎1930年 米の監督J・F・スタンバーグ、撮影の為ドイツを訪れM・ディートリッヒを見出す | ||
C | ローラ殺人事件(1944/米) | ●1936年 Mライハンルト劇団出身の監督O・プレミンガー、ハリウッドに招かれる | ||
C | ベルリン・アレクサンダー広場(1980/独) | ☆1929年 ユダヤ人作家A・デーブリン、独散文の傑作と呼ばれる『ベルリン・アレクダンダー広場』を発表 | ||
C | エーミールと探偵たち(2001/独) | ☆1927年 児童作家エーリッヒ・ケストナー、ベルリンに移住し『エーミールと探偵たち』を発表 | ||
D | M(1931/独) | ●1934年 ナチ台頭を受け俳優のP・ローレ、ビリー・ワイルダー、F・ワックスマン、パリで共同生活を開始 | [comment] | |
D | 地獄に堕ちた勇者ども(1969/伊=独=スイス) | ☆1934年6月30日 「長いナイフの夜」 E・レーム、突撃隊と共に粛清される | [comment] |
このPOVを気に入った人達 (5 人) | dov ぽんしゅう くたー Santa Monica りかちゅ |