コメンテータ
ランキング
HELP

「小津安二郎」(システム既定POV)の映画ファンのコメント

東京物語(1953/日) 早春(1956/日) 東京暮色(1957/日) 彼岸花(1958/日) 浮草物語(1934/日) 浮草(1959/日) お早よう(1959/日) 秋日和(1960/日) 突貫小僧(1929/日) 小早川家の秋(1961/日) 大学は出たけれど(1929/日) 東京の合唱(1931/日) 大人の見る絵本 生れてはみたけれど(1932/日) 秋刀魚の味(1962/日) 戸田家の兄妹(1941/日) 父ありき(1942/日) 長屋紳士録(1947/日) 晩春(1949/日) 麦秋(1951/日) お茶漬の味(1952/日)が好きな人ファンを表示する

新学期 操行ゼロ(1933/仏)************

★5ジャン・ヴィゴボリス・カウフマンも凄い才能。子供らが羽根の舞う中を行進するカットは私が知る最も美しいスローモーションだ。自由についての映画であること以上に、映画の在り方の自由に心底打ちのめされる。掛値なしに全カットがこちらの想像を遥かに上回る真に独創的な画面。映画はどこまでも自由だ! 文法はない! (3819695)[投票(1)]
★212年間の上映禁止を食らったという金看板の正体がこれか。失望は大きい。独創的な遊戯のテロルを期待したのだが、映画の約束事を破壊する演出技法のテロルも日常の裂け目に楔を打ち込むような俳優達の演技のテロルもなく、映画は凡庸な予定調和的進行に埋没している。 (ジェリー)[投票(1)]
★5美しいのと可笑しいのとで涙が出る。これ以上の映画を知らない。 (tomcot)[投票(1)]
★5とってもいいですね。スローモーションで枕の羽毛が飛ぶシーンは、とっても幸せになれますね。 (動物園のクマ)[投票]
★4さすが、バスティーユ襲撃やレ・ミゼラブルのデモと革命の国の子供たち。連帯と結束はイデオロギーではなく自然発生的アナーキズムに宿るのだ。同じころ日本では小津安二郎清水宏の庇護のもと突貫小僧が憎めない悪戯で大人を笑わせるのが関の山だった。 [review] (ぽんしゅう)[投票(2)]
★2古典・名画なんて興味ない。古くても新しさを失っていない映画の輝きに出会いたいだけだ。 (AKINDO)[投票(1)]
★4映画の本質はアナーキズム。これをいかに使うかで、映画は生きもするし死にもする。ここまで過激で、尚かつ面白い作品に出来たのは凄いバランス感覚でもある。 [review] (甘崎庵)[投票]
★4大昔、『大人は判ってくれない』と二本立てで見ました。プログラム組んだ方に感謝!(今頃) [review] (ボイス母)[投票]
★5女と子供を先に、そして「上」に。後にトリュフォーに引き継がれることとなる、ジャン・ヴィゴの映画理念、革命のスローガンは、この一時間足らずの中編の、至る所に視覚を伴って配備され、その圧倒的な説得力と熱気、美しさとで、大の子供嫌いであるこの私にさえ、一目惚れの改宗を強制する。 [review] (町田)[投票(5)]
★5「大人はわかってくれない」の元ネタと聞いていたのだが、センシティヴというよりもブラックな面が強くてびっくり。そしてそこが好き。校長先生はコワ過ぎ。 (tredair)[投票]
★5反体制子供映画のハシり。徹底的なスラップスティック振りがスローモーションシーンで映画的陶酔に転じる鮮やかさ。ラストで子供達の陶酔振りは、頂点に達する。 (くたー)[投票(1)]
★3なるほど確かにスローモーションの場面は素晴らしかったが、全体的にちと退屈であった。 (赤い戦車)[投票]
★3画面内で想外の何かは結局起こらない。時代コードに対する越境は既存のモラルの反転を企てると同義ではないのだろう。映画に於けるスローモーションを改めて再考させられた。羽根舞う枕投げ合戦はそこまでロマンティシズムで修飾される要はないと思えたから。 (けにろん)[投票]
★5天へ飛翔する軽みの希求。チャップリンのように羽毛のように、屋根で踊る生徒のように。 [review] (寒山拾得)[投票(5)]