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[コメント] 七人の侍(1954/日)

村の場面は別々の場所で撮影したものを後から編集で一つの村であるかのように見せかけたらしいので致し方ない面もあるのだろうけれど、それにしても人物の位地関係が非常にわかりにくい。おまけにイマジナリ―ラインを無視したような画面繋ぎがやたら多くとにかく戦闘シーンはみづらくてしょうがない作りになっている。端的に言ってアクション映画としての面白みはまるで無い。
Sigenoriyuki

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







野武士を人格を持った存在として描かないのは一つの演出方針として間違っていないとは思うのだけれど、一方で守るべき存在である百姓(特に名前や台詞を持たない群衆)を人格を持った存在として描いているかというとそこにも疑問を抱かざるをえない。画面に映っている台詞を喋っていない役者が何をしているのかよく見てみてほしい。大抵何もしないで突っ立っているか俯いて座っているだけである。群衆が笑う時、皆同じように笑い、驚く時には皆同じように驚く。そこには個人の人格というものはまるで感じられない。志乃(津島恵子)以外にも若い娘はいるはずなのだがまるで存在感を感じさせない。主要な登場人物以外はほとんどただの背景でしかない。常にある人物が中心として呈示され、それ以外の人物の視線はその中心へと向けられそこ以外を見ることを許されていない。それ故に1カット内の情報量が異常なまでに少ない。

結局のところ役者や画面をただ脚本通りのストーリーを語るためだけの道具としてしか見做していないからこういう事態が起こってしまうのである。私は別にそのことを倫理的にどうのこうのと非難したいのではない。ただ単にこれでは映画としての面白さが十分に発揮されていないことが何よりも不満なのだ。このような黒澤明の演出を私は心底嫌悪する。

(評価:★3)

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