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[コメント] 男はつらいよ 旅と女と寅次郎(1983/日)

手洗いタンクの横で熱唱する都はるみに好感度大だが、緩い本筋はさておき、本作は中北千枝子の遺作として永遠の価値がある。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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はるみが恋人と寄りを戻したと聞いて寅は旅立つ。いつものように。ちうことは、こちらに殆ど届いてこないが、寅ははるみに惚れていたんだ。この有名人に対して。ウォークマンで歌聴いていたのはファン心理じゃなく恋愛心理で、寅屋での即興コンサートを背後から見守るシーンは失恋の表現なのだ。なんと懲りない奴だろうと、天晴と感心せざるを得ない。本作はこれまでの岡惚れ定型が最大強度に達した感がある。

はるみはとても巧い。寅と並んでも遜色なく見える。多分これは演技云々ではなく、発声と姿勢が素晴らしくいいからだろう。昔の芸能とはそういうものだった。寅屋でのコンサートの件は、ご町内のパニックがさもありなんという迫力がある。田舎者の私は最初に観たとき、東京の人は芸能人など見飽きているだろうに、何であんなに熱狂するのだろうと不思議に思ったものだった。

冒頭のいつもの寅出発のネタ、今回の満男の運動会の件はシリーズ屈指の面白さ。羞恥心を感じるレベルが寅は他人とはズレている。佐渡の件は『ローマの休日』の過密着パロディを期待すると肩すかしだが、有名人の逃避行のスリルという点ではむしろこちらの方が勝っている(本物だもの)。

欠点は藤岡琢也一行がイマイチ面白くないことと、収束の舞台ではるみが「佐渡おけさ」を歌わないこと。これを歌わないと寅との思い出の積み重ねの意味がないのに、新曲歌っちゃあ不味いよなあ。ここで評価はガクッと下がる。まさか山田監督がこんなこと率先するとは思われず、大人の事情で上層部に押し切られたのだろう。詰まらないことである。

邦画史上では何より中北千枝子の遺作として(及び笠智衆北林谷栄という本邦の代表的老け役俳優の老年での共演作として)本作は名を残すだろう。中北はテレビCMのニッセイのおばさんとして有名で、本作のつけたりのような登場は日本生命協賛だからということらしいが、そんなことはどうでもいい。女手ひとつで息子さんを大学に上げられてよかったね、という設定は波乱万丈の彼女の役柄の数々を慰労するかのようで、『寅次郎相合傘』の船越英二と同じく、名優のキャリアの尊重と賞賛が感じられて素晴らしい。この当時、家庭劇では唯一、興行収入10憶超えを連発していたこのシリーズを、山田監督は自覚的に、かつての名優へのオマージュの舞台として活用している。これはもっと知られてよいことだと思う。

見逃せない細部は、タコ社長が秘書を雇ったことと、商業ビルの建設に寅屋が怯えていること。好景気が記録されている。

(評価:★3)

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