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[コメント] アラバマ物語(1962/米)

「無知」な白人労働者の流すフェイク・ニュースがごり押しされる話。いま再映されたのは誠に時宜を得ている。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







本作はいわば「無知」な白人労働者の流すフェイク・ニュースがごり押しされる話だ。2017年に観ると、黒人とレッドネックの関係は1930年代から大して変わっていないように見える。ブラック・ライヴズ・マターがいまだに主張されねばならない状況なのだ。トランプ政権下ではグレゴリー・ペックのアティカス弁護士のような人物は30年代と同じ少数派であり、この先さらに先細りするだろうという暗い予感漂う分、前向きだった62年よりも状況は悲惨だろう。彼の法廷退出の件の静けさが心に残る。

残念なことに、映画の出来は不満。まず暴行事件に係る収束が判り難い。保安官はブーの正当防衛を認めつつ、レッドネックたちが陪審員席を占める裁判に晒せばどうなるのか知れない、という理由から、ユーエルの自害で処理しようと提案する。アティカスは躊躇するが、娘は英題を引用してそうすべきと主張し、アティカスもこれを受け入れる。このとき、法の下の平等を法廷で説いていたアティカスのスタンスは乱れている。法廷で負けるかも知れないから事実を曲げる(フェイクニュースを流す)リアリストに変貌している。しかしすると、感動的だった法廷の演説が相対化されている訳で、この肝心な心変わりを映画は纏め切れていない。

その他、原作のトレースが巧くいっていない箇所が散見される。裁判が長すぎるのは主題に沿った破綻だから構わないが、結果、続く暴行事件がヒッチコックの云う「観客にまだ映画は続くのかと呆れさせてしまう」展開になってしまっているし、裁判と比べてあっさりし過ぎている(娘のコスチュームは愉快だが、直ぐに犯人がばらされるのだからユーエルが見えなかったという描写は不必要だ)。ブーとその父(?)は描写不足(何で樹の穴に贈り物を置いたのか、とか)で、収束のブー登場は唐突感がある(娘が彼と気付くのも不自然)。別にいなくても差し障りのない人物でしかない、お向かいの女や夏休みに訪れる友達など省いて、こちらを詳述すればこれら不満は解決されることだろう。演出力・編集力不足で名作になり損ねている。

(評価:★3)

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