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[コメント] あん(2015/日=仏=独)

樹木希林の怪演に尽きる(レビューは『朱花の月』にも言及)。
寒山

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







映画を奉納までしてしまう川瀬監督、近年は神道(=自然)との対話により作品を紡ぐのだろう。人を破滅に導く『朱花の月』の物狂いに対して、本作の「全ては言葉を持つ」という物狂いは知恵者の面持ちをしているが、同じ物狂いの別の側面が表出されたと見ていいと思われる。『朱花』で繰り返された昇る月の描写を本作も反復しているのだから。

さてこの認識は本作を描くにあたり正しいのか、と固い頭の私は躓いてしまう。日本におけるハンセン病問題解決の歴史は直接間接にキリスト教によるものであり、神道は何にもしていない(だいたい今でも大方の看護学校はキリスト教の精神によって運営されている)。新訳以来のキリスト教とハンセン病との深い関係を捨象して、桜吹雪舞い散るジャポニズムなモロ神道の世界観でもってハンセン病を描くのは、ちと手前勝手なんじゃないですかと、半畳のひとつも入れたくなるのである。

文句はそれだけ。映画は樹木希林に尽きる。全ての立ち居振る舞いが素晴らしく、全ての科白に血を通わせており(「楽しかったわあ」で全てを肯定してしまうあのニュアンスの絶妙さ)、これはもう怪演と呼びたい高レベルにあると思う。永瀬正敏の兄ちゃんの小走りな来歴の説明など中途半端(全部削ればいいのに)なのだが、ただもう希林の意志を継いだのだというそれだけで感銘を与えてしまう。

物語はある種の民話・童話を想わせる(何なのでしょう。「人魚姫」とはちと違うし)。現在も進んでいないといわれる元患者さんの社会参加に本作は力を持つか。殆ど超能力的な料理という大衆小説の筋書は普遍性を持ちようもないが、永瀬と希林の感応という「超能力」においては頷かされる処がある。素敵な出会いは何も若い男女に限られることではない。この感想も彼女の怪演によるものだ。本年の女優賞は全て彼女に与えられるべきと思う。

(評価:★4)

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