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[コメント] 百円の恋(2014/日)

安藤サクラに惚れる二時間
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







泣いてしまった。映画を観て泣くのは久し振り(『二十四の瞳』以来?! )。私は感情移入して映画を観るのが嫌いなのだが、本作のスタッフ・キャスト総出の一子造形に陥落した。展開上、試合に負けるのは判っていたが、もしかして勝ってはくれないかと本気で願ってしまった。

恋人に去られ、梯子外され内実を失って形式だけが残ったボクシング、ここに色んなものを叩きつける。バイトに叩きつける訳にもいかんし。さそりシリーズ並の台詞の少なさ。もっさいドレスと中途半端な動物園。便器に跨がるカットはロマンポルノの感性が一般映画に根付いたという感慨を覚える。実家に帰ったんだから元通りプーしてりゃいいのに止まらない。ちょっとだけ見つけた自分の才能。最後の台詞は「勝ちたかった」。感じ入るなあ。エイドリアンどころじゃない。安藤の熱量に惚れた。造形の振り幅の激しさが、スポ根ものの許容量をレベルオーバーして深みに達している。

この作品、直球勝負な話にみえて相当にひねくれている。一子は何度か、微妙な倫理的判断を直感で下している。ひとつは根岸季衣の支援で、店長代理だって考えてみれば気の毒な男だが躊躇がない。坂田聡を警察に通報する件は爆笑もの、これが通用すればポルノ映画は壊滅するのであり、裾野の広いパロディになっているが、マイナー映画の常である官権嫌いから逸脱もしている。坂田は通報するが根岸はしない、というのは判るようで判らない。判るのは、一子がとてもリアルな他者だということだけだ。

屋台の豆腐屋が彼氏を連れ去るという件は、何か民話めいている。彼氏が再び現れるとき、別れた女の持ち物であるはずの屋台をひとりで曳いている。これは不思議なカットで、あの女は狐か狸で、ばかされて戻ってきたのではなかったか。ちょっとした都市伝説の味があり、こうした行方定まらぬ茫洋とした外延が、立ち位置の不確かな彼らの存在を浮かび上がらせている。みんな、やたら仕事辞めるし。

全体にローキーだが、これがクライマックスのリングをとてもリアルなものにしている。ここの撮影がショボいとぶち壊しだが、突然にダルデンヌ兄弟になり、実にいい。全般に安藤の顔の演技に頼らぬ撮影は好感度大。姉妹喧嘩を甥っ子の避難で示すアクションが格好いい。ほぼブルースばかりの音楽がまたツボを心得ていて素晴らしい。「ブリッコするな」と突っ込まれる安藤のほぼ唯一の笑顔はとても可愛い。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (7 人)ナム太郎[*] DSCH[*] [*] jollyjoker[*] サイモン64[*] けにろん[*] ぽんしゅう[*]

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