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[コメント] ブンミおじさんの森(2010/タイ=英=仏=独=スペイン=オランダ)

不可能になりゆく大往生を語って「マルテの手記」が想起される。
寒山

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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森の闇と光がとても美しい。草いきれが漂ってくるようだ。水牛追いかける冒頭の早朝の描写がいいし、深夜の黒い山がいい。サイレント回帰の幽霊やら猿の精霊やらの即物的な描写は愉しいし、村の家で施される透析療法は酷薄だ。生まれた場所へ還るんだと云う洞窟へ向かうじいさんの行進は荘重であり、羨ましいなと思う。妻の幽霊により透析の管が抜かれる、荘重さからほど遠い最期は言葉を失わせるものがある。

しかし興味深いのは、終盤に施されたウォン・カーウァイ的な脱臼だろう。電飾ギラギラの葬儀、妹の息子は僧侶修行に馴染めず、近代的なホテルで分身が起こり、最後は現代的なバーで収束は放り出される。ブンミじいさんのような大往生はもうあり得ないであろうという詠嘆だろうか。リルケの「マルテの手記」で回想されたような。

ブンミは未来を見たのだと、野原で戯れるゲリラ兵らしき青年たちの写真が並べられる。ホテルのテレビは兵隊の行列を映し出す。2010年だからタイは赤シャツ隊のタクシン派デモの時代。2014年には例の司法クーデターから軍事政権に至ることになる。本作は不吉の予感に包まれて作られていることが伝わる。そこから古の大往生が顧みられたのだろう。

王女とナマズの交尾の件の挿入は、アジアらしい王宮貴族の伝説だろうなあとは思うが、なぜここに添えられたのかその文脈はよく判らない(なぜかここだけ撮影が平凡だ)。映画とは関係ないのだが、子供の頃読んだ漫画を思い出した。全員が鯰という苗字の日本の村があり、ここ出身の少年が町へ引っ越して名前のことで周りから虐められていたのだが、夏休みに村へ里帰りしてひとり森のなかを行くと沼があり、鯰が現れ励まされる、という(だけの)筋。ひとり汽車に乗っていて、座席に置き忘れらていた漫画雑誌で読んだ。あれは誰の作品だったのだろう。映画の挿話もこれと同じような茫漠とした印象が残った。

(評価:★4)

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