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[コメント] 二十四の瞳(1954/日)

戦後版『陸軍』、創作童謡映画、贈与の映画、悪役の映画、ロングショットの傑作。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







本作は後知恵でつくられた作品ではいささかもない。日本映画界でこのように語る資格があったのは木下惠介が随一だろう。「君死にたまふことなかれ」だけを語るスタンスは、戦中つくられた『陸軍』の田中絹代から何もブレていない。

敗戦直後、軍国少年である息子に「戦争に負けて悔しくないのか」と訊かれ、大石先生は「戦争で死んだ人たちのために泣いた」と答える。この会話はある意味成立していない。息子は愚鈍な答えだと思ったことだろう。しかし、大石先生にとって、戦争の勝ち負けはどうでもいいことなのだ。たとえ戦争に勝っていたとしても、死んだ人がいる限り、大石先生は泣いただろう。この視点は木下の傑作に共通していると思う。日本が経済戦争に勝利していても、木下は泣いている主人公を撮り続けたのだから。

本作は積極的な意味で童謡映画だ。創作童謡は大正デモクラシー期に鈴木三重吉、西條八十、北原白秋、野口雨情らが始めた児童文学の運動であるが、その成果である「七つの子」らを授業で採用したのは大石先生個人の判断である(彼女が「草の実」という問題になった冊子から自主的に読み物を採用するのも同じスタンスだ)。一方、修身の教科書に載っているのは、笠智衆が生徒に教える「千引の岩」みたいな皇国賛歌であり(ただし「ちんちん千鳥」は北原白秋作)、大石先生の子供らが歌って遊ぶのは軍国歌謡の類なのだった。

「昭和にはいると児童文学雑誌は次第に不振となり、最も長く続いた「赤い鳥」「金の星」ともに1929年(昭和4年)には廃刊となった。さらに、次第に軍国色が強まるにつれ、童謡は軟弱であるとして排斥されるまでになった」(Wikiより)

だからあの時代、童謡は異端だったのだ。生徒に芸術など教えるのは異端だった。「国定教科書でしか生徒と繋がれない」と大石先生は学校を辞めてしまう。軍歌が流れ、最後は出征兵士の無言の帰宅となる。本作が音楽でもって何を記録しようとしているのかは明瞭だろう。

本作はロングショットの傑作だ。慌ててバスから降りて訪ねてきた子供たちを迎える大石先生のショットが感動的なのは、松葉杖を地面に斜めに突き立ててよろける凸ちゃんの危うさ(なんと優れた身体感覚)を、まるでニュース・フィルムのようにロングで捉えるからだ。桜並木の下での「かごめかごめ」は実に躍動的で、修学旅行の出船を泣きながら見送る松ちゃんを捉えた横移動のショットは泣かせる。田舎町が舞台ということもあるが、それでも画面の隅々にまで神経が行き渡らせることができるが故のロング多用であり、四季通じて撮影したのも含め、さすが贅沢な50年代の映画と思う。どうでもよいだろうに、「シマバス」は戦後の場面では「SHIMA BUS」に塗り替えられている。

物語は、「モダンガール」だった大石先生が泣き味噌先生になるまでを主眼に描いている。後半の不幸の絨毯爆撃は思えばやり過ぎスレスレで、娘が柿の木から落ちて亡くなるなどどうでもいいようにも思うが、それでいて不自然さがないのは、戦争批判とは別に、不幸とは重なって訪れるものだというリアルがあるからだろう。あの利発な人がこんなに不幸になっていいのだろうか、といういたたまれなさが半端なく、それでいて凛として破綻がないのは凸ちゃんの造形のなかでも群を抜いている。大石先生は、ふじちゃんに寄り添うときの一言「自分にガッカリしちゃ駄目」を、自分にも云い聞かせたに違いない。ラストの歓迎会に行く道すがら、成長した息子ふたりと冗談を交わす件(「雨が降ったらどうしよう」「あんぽんたん」)が美しい。

悪役が技を競い合った映画だ。清川虹子のやかましいオバさんや明石潮の卑屈な校長はさすがの安定感。松っちゃんの奉公先の女将浪花千栄子の蠅叩き振り回す憎たらしさはもう、一挙手一投足に至るまで正に芸術品だ(「ほなまあ、お茶でもたあんと上がっとくれやんせ」)。また、本作は笠智衆が悪役(というほどでもないが)に回った珍しい映画でもあり、犬神博士が善人として登場する映画でもある。

本作は贈与の映画でもある。もちろん最後の自転車がそうで、自転車が映っただけで何であんなに感動するのかいまだによく判らないのだが、忘れてならないのは「きつねうどん」と「百合の花のお弁当箱」との関連だろう。これらの逸話と連動しているからこそ、あの自転車が輝いているのだと思う。なお、凸ちゃんは自転車に乗れず、フレームの先では常にスタッフに抱き止められていた、という逸話が残っているが、映画を観る限りでは信じられない。やはり身体感覚が抜群なのだろう。

まだ書くことがあったように思うが際限がないから止めます。本作は私に昔の日本映画への興味を持たせてくれた個人的に大切な一本です。最後まで読んでくれた奇特な方へ。多分一回観ただけでは無理ですが、本作は12人の生徒を全員把握できるとなお面白くなります。機会があったら是非、観直してみてください。

(評価:★5)

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