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[コメント] 拳銃魔(1949/米)

男女の愛憎を描いて神話の域に達した弩級の傑作。『気狂いピエロ』『俺たちに明日はない』への影響は明白だが、『イタリア旅行』も強く想起される。トランボ他のホンがまた素晴らしい。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
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生き物の射殺をあれほど厭うたジョン・ドールは最後にペギー・カミンズを射殺する。なんと見事なラスト。愛憎の末にジョンは、ペギー(逃走にあたって保身のために赤ん坊を連れて行こうとさえする)は生き物でなかったと断じたのだ。心理的には咄嗟の判断に過ぎないが、象徴的なレベルではそうなる。そのようにして自らの禁を犯したジョンはヒヨコの復讐のように射殺される。まるで神話のようだ(本邦の専守防衛についてもなにがしかの示唆があるようにも思う。典型を射止めている成果だ)。

これまでハリウッド的なユーモアと訓戒混じりでしか語られなかったファム・ファタールを、本作は神話のレベルで語っている。スクリーン・プロセスを排した銀行強盗の長回しは箆棒なものだが、その他も冒頭の拳銃強盗から最後の霧まで名シーンの釣瓶打ち。ペギー・カミンズのローボイス麗しく、ジョン・ドールの曇りがちな眼は忘れ難い。別々に逃走してそのまま別れるのかと思いきや、オープンカーを逆走させて追いかけるジョンを意外にも抱擁するペギー。ハードボイルドな無骨さがそのままこの上ない繊細な心理描写になっている。この件においてノワールと神話は最接近している。ペギーはルール無用の我が儘な超越神でありジョンは殉教者だ。神話とは、このような人間の限界状況を元に描かれたのではないかと気付かされるのである。

本作、男女の愛憎を描くにあたってのひとつの準拠枠となったのではないか。もし直接の影響関係がないとしても、時代の最先端をかき分けた功績は賞賛に値する。先の二台のオープンカーは『気狂いピエロ』、ペギー・カミンズのベレー帽は『俺たちに明日はない』でそれぞれ引用が認められる。いずれも本質的な処で本作の応用に観える。車と愛憎の『イタリア旅行』もそうだ。ゴダールなど拳銃と男女の愛憎だけで撮り続けた訳で、本作の影響は計り知れない。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ゑぎ[*] ぽんしゅう[*]

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