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[コメント] パッション(1982/スイス=仏)

連帯への連帯表明
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







冒頭、ポーランドから来た監督イェジー・ラジヴィオヴィッチに工場労働者のイザベル・ユペールは告げる。「ポーランド対アルゼンチン、引き分けよ。そんなの連帯じゃない」。連帯に妥協せず勝利せよと云うのだ。ポーランド「連帯」の設立は81年。本作制作時、ポーランドはソ連の差し金により戒厳令の真っ最中だった。本作はこれを踏まえて観なければ意味がないし、踏まえて観ればとても明快である。上記の謎かけのような判る人にだけ判るような作りはただの韜晦趣味ではなく、社会主義圏の隠喩のコミュニケーションが模されているに違いない。

撮影される名画と撮影所の外の出来事は往還の関係にある。会社を首になるイザベルと映画を首になるだろうイェジーの境遇は序盤で描かれ、彼女の労働集会と彼の(ゴヤ「5月3日の銃殺」の)撮影現場はライトで繋がれ、相似形と示される。イザベルの工場内への乱入の件に続いて、イェジーはドラクロワの「十字軍のコンスタンティノープル入場」における東ローマ市民役の俳優に絡まれ、ドラクロワ「ヤコブと天使の闘い」と同じ格好で天使と掴み合いをする。

ドラクロワはいつもゴダールの創造力の源泉だが、それはただ光がとうしたという次元だけではない。例えば「十字軍」において、東ローマ市民は馬に乗って入場するフランス軍に慈悲を乞うている。フランス人であるドラクロワがローマ市民の嘆きを描いているのだ。名画の再現の採光はどれも素晴らしいのに、「光がダメだ」とイェジーは繰り返す。「光の底に潜んでいるものは闇に呑み込まれたもの。目に見えぬ闇が光に拡がってゆく」。これらの科白を単に美学的に捉えただけでは躓かざるを得ないだろう。

本作で扱われる主題は光・物語・労働。うち、物語はプロデューサーの云う意味ではどこにもないが、映画の外部との往還関係においては明快、イェジーの「物語は作る前に生きるものだ」は、彼の帰還に繋がる。「愛の労働か、労働を愛するかだ」とネタが振られる。「愛と労働は別物だ」。「(脱ぐのが厭というハンナ・シグラに)人は労働を嫌がるものだ」「貴方の云う労働は余りにも愛に似過ぎている」。工場を映画が映さないのは、労働が快楽に似ているからだとイザベルは解する。シーンは続いて「小浴女」の撮影風景になる。だから名画を借りて映され続ける女の裸体は、労働の相似形となる。働くんだと裸婦が追いかけられる。「労働が好きってのは愛から来るのかな」「そうじゃなくて愛に向かうの」。ベッドの上でイザベルが唱え、イェジーが復唱する「主よ、永遠の安息を彼等に与え」。グレコの「無原罪のお宿り」が再現されるなか、フォーレのレクイエムが流れる。続くべき句は「絶えざる光でお照らしください」である。

これほど宗教的なゴダールは空前であり、唯物論史観からの転向を示しているのだろう。ラストで「物語はいいの。もう終わり。最初から終わっていたの」とハンナは語る。ここでは「物語」はリオタールの云う大きな物語、唯物論史観という意味合いが強かろう。これまでの唯物論映画は何だったのだ、という素朴な疑問には応えてくれない。ただ、米ソ嫌いというスタンスは『東風』の頃と変わっていないのであり、ボリス・カウフマンの光は求めず、ピンボールの壁面にキッスのカットまである。この共産圏崩壊以前の時点で、ゴダールの攻撃性はこれまで通りの「想像力の革命」路線にある。この「第三の道」にとって更なる困難は90年以降に起こるだろう。

名画の撮影所の外ではコミカルなドタバタ寸劇がこれでもかと展開されるのだが、ミシェル・ピコリの車を押し戻そうとするイザベルと車に追いかけられるハンナが、最後には共に車でポーランドへ向かい、これを追いかけてイェジーも故郷へ向かう。ドタバタの先にこの協調があるのが肯定的で、同じく車で立ち去るラストを持つ『メイド・イン・U.S.A.』とは真逆、ゴダール史上滅多にないほど気持ちのいい収束を迎える。本作は「連帯」への連帯の表明であり、あの時期にこのようなアナウンスをする立ち位置を取ったことだけでも評価に値する。ラス前に屋外で描かれる「シテール島への巡礼」は、翌年公開のアンゲロプロス『シテール島への船出』に影響を与えただろう。だから比べてしまうのだが、アンゲロプロスの「転向」の軟弱さと本作は遠い。映像の強度を衰えさせることなく「転向」してしまったゴダールはしたたか者、という感が強い。

(評価:★4)

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