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[コメント] それから(1985/日)

藤谷美和子を別嬪に撮ろうという目的は見事に達成しており、秀逸なラストはじめ撮影美術の外連味が愉しい。この方法を森田が捨ててしまったのは惜しいことだった。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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笠智衆の饅頭の喰らい方を真似る松田優作とか、蕎麦屋でイッセー尾形の形態模写をする落語家とか、こういうコントは何なのだろう。贔屓目に見れば前者は原作の新興ブルジョアへの違和感の反映なのだが、後者はまるで意味をなさない。結果、全体がシリアスとコントが交互に出てくるバラエティショーに似てしまっている。才気走って蛇足の典型例で内輪の笑いめいていて、真面目に長科白演っている俳優が可哀想になる。

小林薫の演技は明らかに中村伸郎を模していて面白いのだが、本作の作劇の欠点は彼の平岡だろう。なんで借金を溜めこんだのかすら映画だけではよく判らず(女郎遊びであんなに借金ができるはずはない)、やっと就職した新聞記者が当時週刊誌程度の地位であったのも判らず(小説にそう書いてあった)、嫉妬も共感も生半可に留まり最後の優作との対決も半端、名作に必要な悪役とはなり得ていない。

それから、姦通罪が当時の犯罪だということはもっと強調すべきで、これこそが個人主義者漱石の骨太な処、本作から「門」に至る背景として重要だろう。これが見えないと渡辺淳一になってしまう。だからホンは創作してでもいろいろ付け足すべきだった。日糖事件などどうでもいいのである。

そも、この小説は代助の内省が抜群に面白いのであり、筋の骸骨を示しても仕方がない。そんなことは製作サイドは百も承知で再現不能だから撮影美術に重きが置かれたのだろう。それはそれで成功していると思う。平凡な場面における影の使い方が独特で、優作の顔はしばしば室内の影に覆われ、正統的には失格なのかも知れないがいい表現になっている。この辺りクレバーだ。この後森田はこの路線を捨ててしまう訳で、多分蓮實一派に評価されなくてシラケたのだろうが、これは惜しいことだった。

公開時に観ているのだが、映研の面々には概ね不評、キネ旬一位はキネ旬の評価を下げるばかりだった。「でもラストは良かったよね」と擁護したら「あそこだけやんけ」と関西弁で貶されたものだった。私はそこまで云う気は今もないのだけど。笠智衆に「悪役」を演じさせたのもその筋の不評を煽ったのだろう。羽賀研二森尾由美といったバブリーなイモもいるが泉じゅんのセレクトは流石で、草笛光子がやたら上手い。サティ風の音楽は作劇によく収まっているが、当時本邦にはサティのブームが吹き荒れており、便乗の印象があったものだった。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ぽんしゅう[*] けにろん[*]

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