コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 人間魚雷回天(1955/日)

世界大戦争』と並び称されるべき松林の傑作。これを観た者は一度死ぬ。これじゃ突撃しなきゃしょうがない、と思わせる同調圧力の空気感が半端ないのだ。津島恵子加藤嘉が忘れ難い。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







前半は初期のショボいSF映画のようで宇津井健がハマっておりそういう世界なのかと思っていると一転、上官に捻じ込みに行こうとする宇津井を制する沼田曜一の件で突然に情感がこもり始める。このカット、何のことはない二人の顔のアップがここまでより長尺なだけなのだ。予算のかけ方にしてもアングルの工夫にしても、後半になるに従って充実してくる。これがまるで計算したかのようなのだ。

特攻隊ものは前日の芸者遊びが悲喜こもごも、どんな凡作でも盛り上がる処だが本作は秀逸だ。乱入する津島恵子は持ち前の清楚さを生かし切ったはまり役で、夜明けの砂浜でのダンスに想像のデート、最期は潜水艦と一緒に水没までする。書き出してみるとやり過ぎに思えるがあの限界状況だとこれが全部自然なのだった。これは加藤嘉にも云えることで流石に上手い。あの状況でカントを語り合う偶然などあり得んだろうが、理想が語られたという意味で空々しさとは無縁である。

しかし更に重要なのは、津島も加藤も、逃げましょうとは絶対に云わないことではないだろうか。どうしようもないのだ。出撃の豪華なセレモニーは傑作で、ことここに至っては、もう逃走する訳にはいかない。一旦帰還命令が出てから不意に特攻命令が下るという偶然の扱いがまたリアル。このような状況なら誰でも特攻せざるを得ない。人を雁字搦めにする情感の組み合わせ方が絶妙だ。

学徒兵と兵学校卒の対立が描かれるのは『きけ、わだつみの声』(沼田の代表作だ)や『真空地帯』などと同じだが、兵学校卒を裁こうという意図が希薄なのも本作の特徴だ(兵学校卒を温存して特攻は学徒兵に、という軍隊の「常識」や、直ぐに制裁に及ぶ体質は描写されてはいるが)。「靖国神社に護られることは私の本望であります」と宇津井に語る下士官は件のセレモニーで和解のフォローがされているし、「(特攻隊の人は)軍神であります」と純朴な補充兵に語らせているが、そこにあるべきアイロニーは消し去られている。右翼映画と見間違わんばかりに(この徹底的なリアル追及は、吉田満の右翼的心情吐露が過ぎる「戦艦大和」への批評だと考えると辻褄がよく合う)。

特攻隊は上官で制裁を受けなかった訳だが、逆に煽てられる恐怖というものが思い返せば確実にある。お国のため、という決まり文句は本作では殆ど話題に上らない。隊員は建前上「志願」であるはずだが、訓練所に来るまでにどのような心理的圧迫を受けたかすら吟味されない。当然の背景なのだ。長い長い悪夢のようだ。そのようにして、特攻という自殺に追い立てられた空気感が丁寧に再現されている。実に実に恐ろしい。今でも自爆テロは海外ではカミカゼと呼ばれるらしい。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (1 人)ぽんしゅう[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。