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[コメント] サウルの息子(2015/ハンガリー)

このタイプでホロコーストを描いた作品はなかなかお目にかかれるものではない。史実として学び繰り返さないために、トランプ政権が話題になっている今、見るべき映画なのかもしれない。
deenity

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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カンヌ国際映画賞グランプリの本作。度重なる好評を耳にするので劇場公開には間に合いませんでしたがレンタルで鑑賞。

言葉が出ない作品とはまさにこのこと。ホロコーストを扱った作品は数々あるが、この作品はまた他のものとは明らかに異質。 特徴的な撮影方法があまりの悲惨さ、残酷さを婉曲的に、しかしある意味では露骨に伝えてくる。 画面をほとんど正方形に切り取ったように映像が映し出されるのだが、何より印象的なのはPOV的な一人称視点で展開されていくこと。疑似体験的に作品を鑑賞できると同時に、画面いっぱいにサウルの表情が映し出され、そこに浮かび上がる表情がどれも感情がないのだ。

それもそのはず。この作品の設定でもある「ゾンダーコマンド」と言われる役割があまりにも悲惨すぎる。 ナチスドイツによるユダヤ人の大虐殺を実はドイツ人が直接手を汚すことを避けようとユダヤ人自身に大虐殺をさせていたという事実。加えて、ドイツは証拠隠滅をするためにそのゾンダーコマンドすら殺すつもりらしく、事実、そのせいで未だにホロコーストで亡くなったユダヤ人の数は明確じゃないらしい。卑劣極まりない。

冒頭10分でわかる本作の凄まじさ。有名なガス室のシーン。シャワーを浴びるのだと騙してガス室に押し込み、そこでガスを充満させる。それも即死ではなく悲鳴が長い間聞こえ続ける。 ここでカメラワークが活きてくる。サウルはゾンダーコマンドとしての役割を淡々とこなすのだが、一切表情を見せない。口を結び、伏し目がちに何も見てないかのように。それを表すのが画面のサウル以外がボケて何も映らないという手法。サウル自身が周りの現実を何も受け入れようとしていない心情を表すようで実に巧妙だった。

しかし、だからこそ重い。顔にだけピントが合い、あとは何もわからない。でも聞こえ続ける悲鳴。悲鳴が途絶え、扉の向こうに広がる山積みになった"肌色"。床に染み付いている"赤色"。婉曲的であり露骨の妙。そこで起こった凄惨さをある意味はっきり映すよりも効果的に伝えているように思った。

何より最高なのはラストシーン。本作唯一の救い。本作を通してサウルは徹底して埋葬だけを願う。死体の埋葬。自分の子でもない息子の埋葬。結局埋葬は叶わない。それでも扉の外にチラッと姿を見せる子どもは間違いなく埋葬しようとした子どもだろう。生き返るはずがない。でもその子がそこに立っていた。生き返ったか、なんてどうでもいい話。そこで起きた全てを見ていた子どもが生きていた。そして走り去った。 それを見ていたサウルの微笑み。事実を知った子どもが走り去っていく様を見たからかもしれない。はたまた、現実を見ていたテレビ越しの自分たちに対してかもしれない。本作を共に同じ視点で見ていた、事実を目の当たりにした自分たちに対してかもしれない。

まるでその場にいるかのような新しいホロコースト体験型作品。サウルの行動が埋葬をするためだけに徹底していて、例えラストがあったとしても個人的には好ましくない部分だったが、現実にあったことを少しでも体験し、理解し、それを後世で繰り返さないために、間違いなく見なくてはいけない作品だと思う。

(評価:★4)

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