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[コメント] ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド(2019/米)

たかが映画(嘘)、されど映画(嘘)。虚構の限界よりも、虚構への全幅の信頼。紛れも無い稀代の嘘つきらしい作品だが、タランティーノ先生も、今回は随分センチメンタル。年取ったのかな。
DSCH

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ごめんね、これは嘘なんだ。でも、やはり、つかずにいられない嘘なんだ。俺は嘘を信じる嘘つきだから。

こんなことをしても君たちは戻らないし、映画の中に君たちは生きているなんてセンチメンタルは誰もが口にする陳腐で、俺がわざわざこんな映画撮らなくてもみんな分かってるだろう。それでも、俺はやるんだ。俺に出来る限界の葬送なんだ。俺はいつもその時に撮れる限界の映画を撮ってきた。

君たちはあの悪魔に殺されちゃったけど、映画は、ハリウッドは、俺が信じる虚構の王国と、それを支える人は、死ななかった。君たちの犠牲は、もちろんあるべきでないことだったけど、逆にそれを証明したんだ。そして、50年後の今、こうして俺が嘘をつくことができる。だから、どうしても、屈折してるかもしれないけど、感謝したい。俺がつける最高に馬鹿馬鹿しい嘘で、あのゲッベルスと同類の、映画を殺そうとした非倫理的な悪魔を、俺の、俺の考える倫理的な虚構の土俵に引き摺り込んで、コケにして、ぶちのめす。君たちの復讐をする。映画が殺しを助長するなんて、そんな馬鹿な話があるかよ。笑えたけど、ドン引いた?それでいいんだよ。それが俺の信じる倫理だ。

そして、君たちを、全力で魅力的に撮る。劇場のシーン、見てくれたかな。これで足りないなんてことはないだろ?そして、君たちをここで生かすことで非倫理的な帰結から解放し、葬送する。さらに、ここは重要なことだけど、ハリウッドの空気について、俺は今回、絶対に嘘をつかない。余すことなく、本当の輝きを伝える。この次の50年も、ハリウッドが、映画が、虚構の王国が、ただただ愉快なだけの泡沫のような嘘が、繁栄し続けるように。すまん、我慢出来なくて。

そんな心の声を、勝手に読み取りました。

その他雑感。

・事後の、リックとジェイの柵越しの会話。リックとシャロンのインターホン越しの会話。ここでリックが話しているのは、タランティーノが生かした「彼ら」ではなく、本当にあの場所で亡くなった、亡霊なのではないか。虚構と、亡霊の対話。ここはとても切ない。柵は開かれ、亡霊の領域へ、虚構が招き入れられ、飲み込まれていく。俺は俺の出来るようにやったけど、それで良かったかな。必要であれば、謝りに行くよ。そんなシークエンスだったのではないか。その意味では、ラストカットでシャロンは映さない方が、効果は大きかったのではないか。

・リック(イタリア帰りでポランスキーのモノマネみたいな風貌)とクリフ(スタント)という虚構が「身代わり」になる、というのは予見できることなのだが、死ぬのか、生きるのか、という興味が『イングロリアス・バスターズ』の前例を踏まえて個人的にはあった。その意味で、テックスとクリフが対峙するシーンはメタ的な興味も重なってスリリングだった。ここで彼らが死なないのは、『イングロリアス・バスターズ』への、自らによる返歌だったのではないか。

・映画の倫理性を理解しない悪魔は犬にでも食われろ、ってことなのよね。『ジャンゴ』であえて食わせたのは食われるべきでない黒人奴隷だったのだが。なお、ゲッベルスを焼いた火は、自らの虚構も引っくるめて焼き尽くしてしまったが、ここで使われた倫理性の火炎(ナチをぶっ飛ばすB級映画で使われたもの)がリック自身を焼くことはなかった。「熱いんだけど、何とかならないか」「火炎放射器だぜ」常に「良識」の攻撃を受けてきたに違いない彼の「倫理性」を踏まえれば、なかなかに深いセリフに昇華する。

・『キル・ビル』のザ・ブライドのキャラ設定って、もしかしてシャロンへのオマージュなのか?

・マンソンの額には、鉤十字の入れ墨がある。『イングロリアス・バスターズ』では、ナチの残党の額に入れ墨を刻印する。マンソンをナチ(ゲッベルス)と同列の悪魔として扱うことは、この頃から構想としてはあったのかもしれない。

・主演二人は本当に最高。ラストは本当に爆笑させられたが、私は半泣き笑いだった。

(評価:★5)

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