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[コメント] 一命(2011/日)

回想シーンが長い上に同情しろと言わんばかりでダレる。そこまでは文句なしだったのに。以下『切腹』ネタバレあり。
パピヨン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







切腹』は大変よくできたディスカッションドラマであり、サスペンスドラマであった。当時の時代劇映画らしく、感情的なシーンは最小限にさらっと流すクールな作風が好きなのだが、『一命』はそれを延々と強調しているので参った。要は『異聞浪人記』に対するアプローチの違いなのだが、『切腹』は半四郎の目的が徐々に明かされるサスペンスドラマとなっているが、『一命』は家族の悲劇、家族を守ろうとした故の悲劇であることを強調している。故に『一命』は半四郎の行動に感情移入がしやすい。しかし場合によっては家族の不幸に同情しろという空気に嫌気が指す人もいるだろう。自分はその質でかなり萎えてしまった。『一命』は半四郎の回想に入るとずっと回想が続く。『切腹』は仲代と三國の切れ味鋭い問答の間に回想を挟み、徐々に半四郎の目的が明かされる。それがとてつもない緊張感とサスペンスを生んでいる。『切腹』はこれが面白い。『一命』はサスペンス要素が希薄になり、『切腹』が極力廃した情緒的描写が回想シーンにふんだんに盛り込まれている上にやたら長いためすっかりダレてしまった。回想シーンに入るまでは申し分ない出来だったので残念。

切腹』も『一命』も半ば逆ギレなのは一緒だが『切腹』の仲代達矢が求女の非を認め自分の逆ギレも自覚している節があったが、『一命』の海老蔵は徹頭徹尾、自己の正当性を主張している。最後の殺陣シーンでも竹光で戦い、誰も斬らないことで半四郎の行動にも筋が通るようになっている。

割りとスパッと終わった『切腹』に対し『一命』はエピローグがちょっと長いのが残念。 当初は『乱心』というタイトルだったそうだが実にぴったりなタイトルだと思う。残念ながら海老蔵がリアルで乱心したために変わってしまったが。

海老蔵はどう見ても50代半ばには見えないが、ギョロ目の演技がかなり良かった。淡々とした台詞回しも悪くない。役所広司はいつも通りの安心感。この人の補正も手伝って家老が悪い人に見えない。三國連太郎は悪そうに見えるがその行動に特に落ち度がないというのが良かったのだが。ただ逆説的に言えばそれでより半四郎の行動に対し疑問を持つ人もいるだろう。それが制作側のねらいかもしれない。満島ひかりも抜群の上手さ。岩下志麻と甲乙つけ難い。青木崇高の沢瀉彦九郎は本物のサディスト。丹波は事務的にこなしている風でむしろカッコいいが青木崇高はどう見ても悪意があった。

福島家の改易問題も『切腹』に比べ詳細に説明しているが映画の中では完全に幕府のせいになっていた。しかも親豊臣だからという分かりやすい説明も。しかしこれはただの自業自得。福島家の改易は広島城の無断修築を咎められたからであるが、当時の資料からして正則は幕府に認可を求めた形跡がなく、また秀忠は無断修築の報告があった際にすぐ取り潰そうとしたが、本田正純の反対で広島城の破却で済ませようとした。老中の正純や土井利勝も正則の改易が諸大名の反発を招きかねないとして穏便に済ませようとしていた。しかし破却の仕方が不十分であったため、秀忠は激高、改易となった。幕府の権威維持もあり、改易に踏み切ったことは無理からぬところがある。

完璧に思える『切腹』にも求女切腹後、まだ娘と孫は生きていたのにも関わらず半四郎はなぜ刀を売って治療費に充てなかったのかという疑問点がある。

求女の切腹当日に金吾が死に、美穂も後を追って自殺するため、半四郎が刀を持っていることに対する違和感はなくなり、スムーズな流れになっている。また千々岩源内を広島城修築の普請担当で半四郎がその部下とし、改易までの流れも詳細に説明していた。この辺はよくできていると思う。

切腹』の半四郎は井伊家側の反省の言葉があればそれで満足したと思われる。 「 求女の事情を話せば井伊家の人たちとて「ああそうであったのか」「あの際はつい一同血気にはやりあのような始末に」しかし誰しもあの処置は万全とは…。「どこか、何か行き過ぎた所があったのでは」「お互いにもっと何か適切な方法があったのかも」ま、せめてこのような言葉の一つも聞けば求女とて満足。土産といってもせいぜいこの程度より他にあるべきはずもない。となぞ思ってみたが、丸々拙者の当て外れ 」という台詞からも分かるようにこの時点で求女の処置に対し反省や疑問の声があれば髷を出す気はなかっただろう。『一命』では上記のような主旨の台詞はなかったので初めから髷を出す気まんまんだった。怒りの度合いは『一命』の方が強い。『一命』の半四郎は「なぜ金を貸して一時帰宅させてやらなかったのか」という主旨のことを言っていたがそもそも井伊家が金を貸す義理はない。だが家老は死体引渡し時に三両渡しているためこの発言も違和感が残る。  最後も家老に「乱心者」と言われ、半四郎は「自分は皆で春を迎えたかった」という主旨のことを答えたが、しかし一家の不幸は井伊家のせいではないのでどうにもしこりがある。というか笑ってしまった。

とはいえ『一命』も脚色で優れている点もあるのでなかなか惜しい映画である・・・。

(評価:★3)

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