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[コメント] 風立ちぬ(2013/日)

ポニョ』に立ち込めていた死の匂いが転化し、老境の官能とでも呼ぶべき鮮やかさが全編に漲っている。傘、帽子、雨、雪、火事で舞う火の粉、煙、流れる雲、そして飛行機。それらを包む「風」。文字通り「風が立つ」瞬間を可視化させるための、一連の浮遊物。飛翔と風に対する狂おしいまでの表現欲。嗚呼、説話の経済的効率など大空の向こうへ吹っ飛ばす、瞬間瞬間のみの運動に立脚した宮崎駿の最新作はやはり傑作であった。
赤い戦車

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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序盤で下級生と上級生とのケンカを止めに入る。ドイツで散歩に出かける。こうした例に代表されるように、本作には物語を語る上でほとんど意味をなさないシーンが多々ある。にも関わらず、目を瞠る見せ場が連続するこの密度の濃さはどうだろう。もはや宮崎駿の圧倒的な演出力の前には「物語」など必要がないのだ。瞬間瞬間の運動の驚きを140分持続させること、現実と夢の境を自由に行き来させること。そのためにはアニメーションという形式が絶対条件だった。

重力に抗おうとする「上昇(飛翔)」と「下降(落下)」運動が映画を展開させる軸となり、映画史を更新する「風」の表現と共に(他人には度し難いが故の)美しい「協力関係」が描かれる・・・『カリオストロ』から宮崎駿のスタイルは一貫している。

高台の上に菜穂子がいて、下で父親と主人公が交錯する。突風でパラソルが飛ぶ。主人公が掴んで拾う。一連の視線の見事な捉え方には呆然とする他ない。映画史に刻まれるべき圧倒的な「再会」の場面だ。これを含め「魔の山」のシーケンスは、誇張抜きに全瞬間が驚きに満ちている。日本語とドイツ語が当然のように混じり、突然歌を歌いだす。これが「映画」だと監督は高らかに宣言しているのだ。

ラストシーン、常に空への憧憬を胸にしてきた主人公が菜穂子(何故かパラソルを持っている)を上述の場面とは対照的に「見下ろし」、坂を下って見えなくなり映画が終わる。物語上では破綻した終結と受け止められるかもしれないが、後に残った雲と草の、モネの絵画のように風に揺らめく姿には、不思議と納得性がある。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (6 人)けにろん[*] おーい粗茶[*] 緑雨[*] 甘崎庵[*] ゑぎ[*] 太陽と戦慄[*]

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