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[コメント] 善き人のためのソナタ(2006/独)

心に降る霧雨のように静かな映画。冷戦下の東欧における監視社会の窒息感がよく再現されていて、パニック障害を起こしそうになるほど苦しかった。人々の心の波紋が手に取るように感じられ、最後の最後に少し救われた。
サイモン64

2010.1.10 アマゾンでDVD買って鑑賞。

「名画」というのは大抵、最初のワンシーンから「名画」だと感じられるものだが、この映画も例に漏れず、しょっぱなから素晴らしい色彩感と構図に魅せられる。

国家を信じて冷徹に仕事に徹し、数多くの「国家への反逆者」を刑務所送りにしてきた諜報局員がある日反体制芸術家の生活を盗聴によって監視し始めるが、徐々に盗聴者の心は波立ち、いつしか国家に背くようになる。というより、むしろ、国家などよりもっと大事な何かの為に力を尽くすことに意義を見いだしはじめる。その「もっと大事な何か」を語れば、いろいろと陳腐な言葉の羅列にしかならないのだが、詰まるところ盗聴者の中にもともとあった人間性を、芸術家の魂が呼び起こしたということだと思う。

ナニが一番大事でナニが善であり悪なのかということは、その人それぞれの基準があるのだと思うが、この映画の主人公である盗聴者の心が変わっていくことで、「東西の壁」を揺るがす小さな出来事が起こり、首謀者が守られ、そういう一つ一つの小さな流れがいくつも折り重なって、ベルリンの壁崩壊という象徴的な出来事へとつながっていったのだろうと感じられた。

映像も音楽も台詞も全てが静かに心に降る霧雨のようで、ひかえめで美しい。冷戦下の東欧における監視社会の窒息感が非常に良く再現されていて、見ていてパニック障害を起こしそうになるほど苦しくなってしまった。

今やグローバリズムによって、世界的な経済消耗戦が繰り広げられているが、冷戦時代の東側の人達の犠牲によって、ある意味当時の西側は豊かな生活が送れていたのだと思うと皮肉なことである。

この映画の最後の最後に後日譚が流れ、そこで主人公の行動が報われる出来事があるのだが、そこへ至るまでの描写が巧みでさりげなく、すばらしい。

実際には当時の東側諸国において、もっと多くの過酷な現実があり、人知れず非業の死を遂げた数多くの人達がいるのだろうと想像されるが、どんな状況にあっても人間として大事にすべき軸は見失いたくないなと感じた。

(評価:★5)

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