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[コメント] 祖谷物語 おくのひと(2013/日)

これにしてもかつかつの予算を何とか遣り繰りして撮り上げられたに違いないが、この恰幅のよさは貧乏臭い日本映画と一線を画す。ウェブ上で閲覧できる監督のインタヴューを何件か瞥見した限りでは影響源としてその名が挙げられているのを確認できなかったが、黒沢清的不穏が至るところに渦巻いてもいる。
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**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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それは「異様」がさも当然のことであるかのように受け止められている世界観、と一言で云えば云えるだろうか。田中泯の衰弱は武田梨奈が彼の身体に生し出した苔(?)を発見することによって告げ知らされるが、この異常事態も単なる病魔程度にしか扱われていない。あるいは等身大の案山子たちはそれ自体も異様の風景を形作るが、それが夜な夜な動き始め、当たり前のようなスムースさでそのうちの一体が東京に旅立ってしまう。また、この東京シークェンスがどうやら夢や幻ではなく「現実」らしいことにも肝を潰すのだが、ここで武田が川に放つマリモ(?)は黒沢清『アカルイミライ』のクラゲを想い起こさせずにはいられない。

また、トンネル開通式のシーンで、暴走車を追って人々がトンネルの暗闇に吸い込まれるように消えていくカットなどにも得も云われぬ不穏さが漂っている(これは青山真治Helpless』のトンネル風? そう云えば全篇を締め括る空撮も)。武田が両親の亡霊(?)とともに幼少時の自動車事故を追体験(?)するシーン周辺には彼女の面目躍如たる斜面アクションも含まれているが、この車内演出の心霊的恐怖感にはそこいらの不出来なホラー映画が学ぶべきものを多く伴っているだろう(このあたりは三宅隆太的?)。

上に述べてきたことの妥当性がどうであれ、この映画の諸々の細部が一義的な解釈を拒否し、そうでありながらそれを観客に納得させるだけの強度を誇っていることは論を俟たないだろう。この蔦哲一朗という若年の演出家にハイ・バジェットを与えて本当の大作を撮らせたらいったいどうなるのか、そのような期待や夢想を抱かずにおれなかった観客もまた少なくないだろう。

(評価:★4)

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