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[コメント] 15時17分、パリ行き(2018/米)

撮影は『チェンジリング』で幾度目かの頂点を迎えて以降緩み続けており、クリント・イーストウッド作品を徴づけてきたところの演出のストイシズムが衰え始めてからも久しい。が、それでも面白いのだから却って難儀である。取り留めないエセー風の文体ながら語彙選択の妙で語り切ってしまうところがある。
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さて、近年のイーストウッド監督作がもっぱら実話の映画化であるというのは周知のとおりだが、いったい実話の何がイーストウッドを惹きつけるのだろうか。実話のみが備えうる類の物語性か。企画成立の難易度か。しかし、件の実話の当事者を本人役に起用したという『15時17分、パリ行き』を見ると、イーストウッドの興味の対象は「実話」そのものというより「再現」であるらしいことに思い至る。

再現はどこまで突き詰めても再現でしかない。たとえ作中人物と出演俳優を等号で結び、実際の事件現場と同じロケーションで撮影したところで、それによって得られた動画像は本物Aに対するA´でしかありえない。すなわち「似ているが異なる」ということだが、どうやらイーストウッドはそのような「似ているが異なる」の機微とヴァリアントを追求することに執心しているようだ。

バード』『真夜中のサバナ』を除けばイーストウッドの実話路線の嚆矢に当たる『父親たちの星条旗』からして撮り直し=再現された写真を巡る物語であり、『チェンジリング』は実の子とは似ているが異なる「取り替え子」の恐怖と不条理を描いていた。フィクション『ヒア アフター』においても「双子役のそれぞれを実際の双子が交換しながら演じた」という奇怪きわまる逸話が残されており、『アメリカン・スナイパー』に登場する赤ん坊が本物ではなく「人形」であったことも記憶に新しい。『ハドソン川の奇跡』はフライト・シミュレータによる奇妙な事故再現映像の反復がクライマクスを形成する。

イーストウッドは「似ているが異なる」のさまざまを撮ろうとしている。窮極と云えるかどうかはともかく、『15時17分、パリ行き』もそのヴァリアントのひとつである。この立論の傍証として、イーストウッド作品がほとんど常に同一の主要スタッフによって制作されるにもかかわらず、常連俳優と呼びうる出演者を持っていないという点も挙げておこう。(※)

むろん過去にはジェフリー・ルイスソンドラ・ロックがいたが、新世紀の作品群において複数のイーストウッド監督作に出演した俳優として即座に思い浮かぶのは『インビクタス 負けざる者たち』『ヒア アフター』のマット・デイモン、『ミリオンダラー・ベイビー』『インビクタス 負けざる者たち』のモーガン・フリーマン、『ミスティック・リバー』『ハドソン川の奇跡』のローラ・リニー(九〇年代も含めれば『目撃』も)程度しかおらず、いずれも出演作の一方は純然たるフィクションである(彼らに較べればいささか印象が薄いものの『チェンジリング』『J・エドガー』のジェフリー・ドノヴァンだけは例外的で、出演の両作とも実話物だ。しかも『J・エドガー』ではロバート・ケネディ役!)。スコット・イーストウッドは『父親たちの星条旗』『グラン・トリノ』『インビクタス 負けざる者たち』の三作にクレジットされているが、端役に近い。

自らが主演を退いて以降のイーストウッド作品が、アンジェリーナ・ジョリーレオナルド・ディカプリオブラッドリー・クーパートム・ハンクスといった当代きってのスター俳優との初顔合わせを次々に実現させているのは、興行性(それだけで話題になる)の確保のためであるとともに、「似ているが異なる」のさまざまな在りようを撮るためでもあるだろう。『15時17分、パリ行き』におけるアンソニー・サドラーアレク・スカラトススペンサー・ストーンの起用も、スター俳優の「対極」であるがゆえに同一の文脈上で理解できる。

ただし、以上の「実話から材を得ることでイーストウッドは『再現』すなわち『似ているが異なる』の機微とヴァリアントを追求しようとしている」という推論がたとえ正しかったとしても、その動機は依然として謎のままである。

(※)家族的な結束を持つらしいイーストウッド組主要スタッフは、交替に際しても徒弟制度のごとく助手から昇進する形が常のようです。現在の撮影トム・スターンジャック・N・グリーン時代は照明技師でしたし、編集は長らくジョエル・コックスゲイリー・D・ローチのコンビでしたが、そこでの助手ブル・マレーが前作『ハドソン川の奇跡』からエディターとしてクレジットされています。外から窺う限りでは、今作で新たにプロダクション・デザイナーとなったケヴィン・イシオカのみ少々事情が異なるようで、彼の名がイーストウッド作品の美術部門において確認できるのは『ハドソン川の奇跡』しかありませんでした。ヘンリー・バムステッドからジェームズ・J・ムラカミへの交替のときと同様に、前任者が高齢であったことが要因でしょうか。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)けにろん[*] おーい粗茶 サイモン64[*]

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