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[コメント] パターソン(2016/米)

正確な色名には皆目自信ないが、耳馴染みのある範囲で云えば群青あたりが近いだろうか、アダム・ドライバー宅の内壁や彼の制服の群青色が画面の基調を成す。そのアキ・カウリスマキ的でもある青がひたすら心地よく、奇矯さも覗かせていた前二作を経てジム・ジャームッシュの画面造型は円熟を迎えている。
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むろん、この色彩・色調の功績はまず『ブロークン・フラワーズ』組である撮影フレデリック・エルムズと美術マーク・フリードバーグに帰すべきなのだろう(セット装飾のリディア・マークスや小道具のサンディ・ハミルトンも『ブロークン・フラワーズ』をはじめとしてフリードバーグのもとで多く仕事をしているようです)。フリードバーグは現役に限れば最も私と肌が合うプロダクション・デザイナーで、その美術の特徴を挙げれば(抽象的な印象論の語彙でしか語れないのは口惜しいけれども)「主に深く柔らかみのある中間色を用いる(『パターソン』ではゴルシフテ・ファラハニ演じるキャラクタの趣味を反映してモノトーンの装飾も多用されていますが)。セット・大道具・調度は日常性から懸け離れた奇抜さを排しながらもマスプロダクツでは持ちえない洒脱な品を保ち、決して目慣れたリアリティには堕さない。容積の大小にかかわらず空間には開放感があり、総じて人肌の暖かみを感じさせる」といったところだろうか。(※)

さて、ジャームッシュの映画に馴染みを覚えてきた観客にとって、『パターソン』がいかにも好ましくジャームッシュ的であることは説明を要しないだろう。ここでは反対に、従来のジャームッシュ作品の印象を積極的に覆す箇所について指摘しておこう。まず、主人公も、その他の多くの作中人物も犯罪とは無縁に生きる定住者である点がそうだ(ジャームッシュ自身は「犯罪者」よりも「アウトサイダー」という語のほうを好んでいるようですが)。人目を避けて自宅に閉じ籠る『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』の吸血鬼でさえ二国間を移動していたのは誰もが記憶しているだろう。もちろん、「移動」を欠いた映画がいかに味気ないかを知り尽くしているジャームッシュは、移動を職分とする「バス運転手」として主人公を造型する。ただし、云うまでもなく、『ナイト・オン・ザ・プラネット』のタクシーとは異なり、路線バスの移動経路は厳密に定められている。

永瀬正敏がよく英語を解する詩人として登場するのも意外なところだ。日本映画に親しみ、「葉隠」を主要なモティーフに据えた作品を撮ってしまう程度には日本文化を知るジャームッシュならば、永瀬を歌人/俳人にしても不思議はなかったし、まさに『ゴースト・ドッグ』のフォレスト・ウィテカーイザック・ド・バンコレのように言語理解に拠らない交感こそを描いたほうがジャームッシュのパブリック・イメージには適ったはずだ。もっとも、今回に限っては、ふたりの詩人がウィリアム・カーロス・ウィリアムズを介して繋がり、両国語を解する永瀬をして「詩の翻訳はレインコートを着てシャワーを浴びるようなもの」と語らせることのほうが重要だったということだろう。

最後に、この映画を「似ていること」と「似ていないこと」およびその両者の按配の映画として捉えることも試みておきたい。双子は似ている。日々の営みの諸々は似ている(それは日課に留まらず、まったくの偶発事にまで及ぶ。たとえば詩人の頻出。少女詩人スターリング・ジェリンズは、『ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります』でも登場シーンは少数ながら清涼感を湛えた好演が印象深い女優でした)。同じ場所・行動を異なる日に異なるカメラ・ポジションから撮って継がれてゆくカット群は、単純に図として互いに似ている。確かにこれらは「同一/反復/円環/循環」であるとか、それゆえに却って浮かび上がってくる「差異」という語をもっても把握できるはずだろう。それにもかかわらず敢えて「似ていること」という概念を導入したいのは、やはりこの映画の感動の核心は夫婦の在りようにあると思うからだ。そう、ドライバー・ファラハニ夫妻は「似た者同士ではない」。彼と彼女が似ていないこと。似ていないことの感動。それはふたりの何気なくも愛すべき言動の数々を受け止めさえすればじゅうぶんに感得されるはずだが、視覚的にも念を押されている。すなわち、ドライバーは「詩を書き留める帳面」「バス」「マッチ箱」等に徴づけられるところの矩形的人物であり、ファラハニは「カップケーキ」「パイ」「インテリアの文様」等に徴づけられるところの円形的人物である。

(※)エンドロールを眺めていると、マーク・フリードバーグがプロダクション・デザイナーのみならず第二班監督としてもクレジットされているのが確認できました。本篇監督進出への布石でしょうか。大いに歓迎したいものです。ところが、私が閲した限りでは、彼が第二班監督も務めているという情報はIMDbをはじめいかなるウェブサイトにも記載されていないようです。なんだかもやもやします。所詮ウェブ、といったところですが、私と同じもやもやを抱えた人の後を絶つため、英語使用者が検索でこの頁に辿り着けるように英語でも記しておきましょう。「PATERSONのSecond Unit DirectorはMark Friedbergでございます」

 以下、上記投稿後の追記。所詮ウェブ、などと大口を叩いておきながら、「いかなるウェブサイトにも記載されていない」というのはどうやら私の早合点だったようです。英国映画協会(BFI)サイトの Paterson および Mark Friedberg の頁には、ちゃんと第二班監督としても彼の名が記されていました。ここで「第二班監督」の英語表記が"Second Unit Director"ではなく"2nd Unit Director"だったため見落としていた次第です。「この粗忽者!」という声も聞こえてきますが、私がエンドクレジットを見違えていたわけでもないことが証し立てられたのでございますから、むしろこれは吉報である。

(評価:★4)

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