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★4ビール・ストリートの恋人たち(2018/米)マーク・フリードバーグの仕事は期待に違わず、ジェームズ・ラクストンの撮影も全篇を通じて第一級の充実ぶりを誇る。キキ・レインステファン・ジェームズが登場する巻頭シーンの息を呑むような美しさには「このような黒人の肌の発色はかつて映画で目にしたことがないかもしれない」とまで思わされる。 [review][投票]
★4アリー/スター誕生(2018/米)リムジン運転手の詰所と化したレディー・ガガ宅で親父連がJRAを視聴しているなど、徒らな細部の面白さに対する感度が嬉しい(「ジャクソンメイン州」なる馬が出走している。馬名に漢字が用いられているのは調査不足か、虚構性の表明か)。楽曲は取り立てて好むところでもないが、音の鳴りは最高級だ。 [review][投票(5)]
★3マルガリータで乾杯を!(2014/インド)とかく障害者に何らかの象徴を重ねたがる旧来の創作物とは一線を画した公明なキャラクタ造型に意義のあることを認めるにやぶさかでないが、アクションと発話の制限が映画ならではの感動に反転するには(演技ではなく)演出の追求が不足している。また、小生意気な眼鏡弟のさらなる有効活用策も探りたい。[投票]
★3ハッピーエンドの選び方(2014/イスラエル)映画が重苦しく停滞しがちなのは題材にとって不可避の面もあるが、自死装置が存外にもっともらしく造られているのも一因だろう。リアリズムも重要だが、やはり面白発明品にはファンタジーも必須の要素である。ルーブ・ゴールドバーグ・マシンの精神を学び、もっと喜劇的細部をちりばめる余裕を持ちたい。[投票]
★4ビューティフル・ニュー・ベイエリア・プロジェクト(2013/日)一般的な商業映画とは大きく懸け離れた経緯・環境・目的で制作された映画のようだが、とまれ黒沢清の作家性はここでも剥き出しだ。『Seventh Code セブンス・コード』『散歩する侵略者』に連なる最新モード(女性による本格的な技斗シーンを持つシネスコ作品)が明かされた画期作でもある。 [review][投票]
★2チェイス!(2013/インド)「凄い」アクションが「凄い」ことを観客に漏れなく理解させるべく、該当箇所の度に時間を引き延ばして「凄い」ことを強調する。そのような演出を為しうる心根は、どう取り繕おうとも無条件に卑しい。私は自他の精神の卑しさこそを最も激しく軽蔑する。観客以前の一個の人間として、私はこの映画の敵だ。[投票(1)]
★2シャンティ デイズ 365日、幸せな呼吸(2014/日)「もはや濫造日本映画の魯鈍演出をとやかく難詰はしない。ただ、せめて脚本ぐらいは真剣に書いてくれまいか」という衆民の哀願はまたも無下にされる。無能の広告代理店が九秒半で捏造したような茶番劇を得意げに語れる鉄面皮が記録的に浅ましく、真にアヴァンギャルドなラスト五分間には腰も抜け果てる。[投票]
★3マクダルのカンフーようちえん(2009/日=香港=中国)ジャンル風の定型展開を外れて観客を振り落としても得意ぶった独善を嗅ぎ取らせず、意想外の手順を踏んだストーリテリングでもって、ただ時間の堆積によってのみ可能な感傷を映画化してみせる。しかしその感傷の主体はもっぱら観客であり、キャラクタは一向それに頓着しないというのが作者の平衡感覚だ。[投票]
★3ゴールデン・スパイ(2013/香港=中国)何これ……。およそ商業映画には赦されないほどの混乱が渦巻いている。私は物語の二割五分を理解できたかも心許ない。次のカットやシーンで起こる事柄の予測はことごとく裏切られる。かと云って珍品らしい可愛げも『三つ数えろ』的な凄味や格好よさももちろん持っていない。ただただ不気味に理解不能だ。[投票]
★3マザー(2014/日)私小説と幻想小説の間に引かれるべき境界線など存在しなかったことを発見し、その豊かな荒野の開拓を進めたのは日本近現代文学史における最も偉大な成果のひとつだが、その地平にもっぱら独力で到達する処女長篇映画を物にした楳図かずお先生は、まずやはり企画立案者として窮めて明晰な頭脳の持ち主だ。 [review][投票]
★3人生はマラソンだ!(2012/オランダ)作中人物のマラソン挑戦が(翌年公開作『陽だまりハウスでマラソンを』のように自発的でなく)外的要因による強制のため、作劇は喜劇とより親しい関係を結べる。自動車工員たちの口の悪さが面白く、不快を覚えてしかるべきほどの差別的言辞が弄されても笑ってしまうのはひとえに俳優と演出家の腕による。[投票]
★4ショート・ターム(2013/米)全力疾走や反省室での大暴れ、バットでの器物破損など、物語の結節点がしっかりとアクションとして撮られている。ブリー・ラーソンが黄金色の長髪を左耳にかけた髪型を基本としているのもいい。仮に両側頭部とも頭髪を耳にかけていなければ、私はここまで彼女に魅力を、映画に感動を覚えなかっただろう。[投票]
★3フライング・ギロチン(2012/香港)フライングギロチン感は極少だが、近代兵器の無慈悲な殺傷力を克明に記して、侍や武術家の時代の終焉を描く映画と同一のカテゴリを占める。集落を壊滅すべく放たれた砲弾の雨、その弾道に見出せてしまう哀しいスペクタクルが白眉だ。我が邦でリメイクする際はイーサン・ルアンの役に地曵豪を推挙したい。[投票]
★4ロンドン・リバー(2009/英=仏=アルジェリア)ブレンダ・ブレッシンは誰もが自らの母親を重ねうるような汎母親的造型に成功している。長身痩躯のソティギ・クヤテもよく画面に映える。ただし映画性なるものに固執する限りでは、たとえ作劇の困難を引き受けてでも、ブレッシンは仏語を解さない人物とすべきだった。言外の交感こそを重々撮り切りたい。[投票]
★3ライズ・オブ・シードラゴン 謎の鉄の爪(2013/中国=香港)近年のツイ・ハークはコンピュータ処理を駆使した運動設計・壮観創出のさらなる習熟によって精彩を取り戻した。との説を唱える人々には一〇一回の頷きを返したいところだが、習熟しようがしまいがそもそも私の希うアクションとは著しく文体を異にしており、遺憾ながら両の眼は自ずと半開きになりがちだ。 [review][投票]
★3ローマの教室で 〜我らの佳き日々〜(2012/伊)肩入れしたくなるのはやっぱりマルゲリータ・ブイ校長の挿話だ。リアリストを装いつつウブも見え隠れするあたりがいい。彼女が何かと世話を焼く羽目になる少年のふざけた造型も面白い。振舞いには愛嬌があるが、人の話を真面目に聞く耳を持たず、満足に言葉も発しない。ほとんどハーポ・マルクスである。[投票]
★3おやすみなさいを言いたくて(2013/ノルウェー=アイルランド=スウェーデン)米と仏の映画を除いてこれほど最適の子役を得た作は案外に稀である。ジュリエット・ビノシュに対する共感の度合いはそれぞれの観客によって大きく異なるだろうが、「姉妹(とりわけ長女)」の映画として見たとき、『さよなら。いつかわかること』の変奏に立ち会ったようで心穏やかでいることはできない。[投票]
★4GF*BF(2012/台湾)リディアン・ヴォーンは確かに若手の有望株ではあるけれども、ジョセフ・チャングイ・ルンメイ様に並び立てるほどには育っていない。年号を基準に全篇を四部に分けたとすると、幸福感と不安感がない交ぜになって展開する高校時代篇に最も心を惹かれる。いくつかの屋外シーンの夜闇も興趣に富んでいる。 [review][投票]
★3ノイズ(2006/米=カナダ)主人公が覚える不快を観客に共体験させるような「聴くに堪えない」ノイズ演出はない。この地獄耳男にとって各聴覚刺激は排他的なもので、加法的に増大はしない。要するに、ある音に意識を向けると他の音は耳に入らない。だから些細な音が耳につくさまをいくら描いても想像を絶するノイズは立ち現れない。[投票]
★3彌勒 MIROKU(2013/日)良くも悪しくも「趣味」の映画しか撮ら/撮れなかった林海象が、そのフィルモグラフィの辿り着く先を稲垣足穂に定めていたことには納得を禁じ得ない。ミュージカルも極貧生活記も腰の据わらない演出で上滑り続けるが、これぞタルホと強弁されれば小さく縦に首を振ろう。願わくば性転換配役も成功であれ。[投票]