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[コメント] リリイ・シュシュのすべて(2001/日)

賛否いずれにしても読み応えのある皆さんのレビューが示すとおり、感情をかき乱される映画だが、そのように作りこんだ作品世界の完成度は非常に高い。その中心にある三島由紀夫的テーマを巧妙に隠蔽し、抽象化して表現するという、フィクションの凄みを最大限に生かした怪物のような映画だ。
shiono

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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この映画はイデオロギー的には右派である。民主主義は生きることを保証するが、その保証ゆえに生きていることの実感は得られにくい。そのことに気付いた忍成修吾は、憤りとともに、生の実証を求めて級友に暴力を行使する。彼の思想は民族主義的なファシズムではなく、自然の摂理の美しさに魅せられた唯美的なものだ。だから彼はアジテーターではなく冷徹な観察者としていじめを遂行する。

周囲の環境描写も周到だ。担任女教師とCDショップ店長が竹馬の友とわかると急に保護者ヅラしたり、思春期の男子の連れ子どうしの出来ちゃった再婚とか、稲森いずみのあまりに若い母親など、これらのオトナの事情は小津的先祖崇拝に照らすまでもなく実に美しくない(シャンプーの種類で家族構成を表現するところなどはうまいし、いやらしい)。逆に沖縄ツアーガイドの市川実和子たちや、短い出番ながらスタントカイトのチームも黒のユニフォームで統制された格好よさを見せてくれる。

合唱コンクールの「翼をください」で指揮者が見せたリーダーシップは彼の長所だが、目的のためには女子にも頭を下げるその姿は世慣れしていて異質だ。川に飛び込む蒼井優の潜在的潔癖さとは釣り合うまい。その潔癖性を公に表明したのが伊藤歩で、非服従の決意表明に見える丸刈りの彼女は微妙な表情で深く傷ついた心を表現している。この二人の若い女優は追い込まれるほどに純粋さを増して、素晴らしい演技を見せてくれる。

蒼井の自殺前後の、ネット書き込み、サウンドトラック、映像によるモンタージュには震えがくる。70年代青春映画ならば挿入歌が流れる場面だが、現代では彼らのリリックを代弁する者はいない。リリィ・シュシュという架空のアーティストの、メッセージ性を持たず映像喚起的なその音楽と、ファナティックなファン心理を、いかにもらしく見せる演出がうまい。

そして映画はライブ会場の内部には決して入り込まない、冷たい熱狂を迎える。その建物の外部にあって市原隼人が引き起こす騒乱は『炎上』だろう。14歳のリアル、といったどうとでも取れるキャッチコピーは、あらゆる誘導的結論を忌避するものであり、私はそれはピュアネスだと感じた。青春映画というものは、主人公が現実の痛みを知り成長するか、純粋なまま死んでしまうか、その二つしかないのだ。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)けにろん[*] ぽんしゅう[*]

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