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[コメント] ダークナイト(2008/米)

クリストファー・ノーランとクリスチャン・ベールが創造した21世紀のバットマンに愛着はある。『ブラックレイン』や『クロウ−飛翔伝説−』のごとく伝説的なオーラを纏った作品だということも理解できる。だがそれにしても不満はつのるばかりだ。
shiono

**ネタバレ注意**
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まず気になるのは、一定レベルの緊張を保ったままで推移するその語り口だ。主役の説明を既成事実として省略するのはいいとしても、背景を下支えする脇役、端役、無名市民たちの関係性の描写が駆け足だ。組織犯罪や偽バットマンのようなモチーフがストーリーに寄与せず、使い捨ての挿話にしか感じられない。

これが『ダイハード』のような24時間モノならば、ハイテンションノンストップのストーリーテリングでもいい(つまり行動させることによって人物造形を施していく)のだが、見たところ『ダークナイト』は数週間かそれ以上のスパンでの物語のようである。これだけのエピソードと登場人物を仕切るにはかなりの熟練を必要とするところで、仮にスピルバーグやスコセッシがやっても容易くはないだろう。その意味では志は高いといえるが、さて、ところでノーランの映画の師匠は誰なんだろう?

もう一つ、アーロン・エッカートのキャラクター、こちらのほうがより重大だ。公僕にコイントスをさせてはダメだろう。それは運命を司る真の悪役にだけ許された高貴な遊戯なのだから。

人間の善悪をコインの裏表に例えてみせるという意図はわかる。だが、こうしたシンボライズはブラックユーモアを解する老練な演出によってこそ生きてくる。ノーラン版のバットマンシリーズは、カリカチュアライズされたアメコミ路線の裏をゆく質実剛健さが売りのはずだ。ならば実直に、人間の心はグレーのままにしておこうよ。そこに葛藤を生じさせるのが、創造者が持つべきキャラクターへの忠誠心だろう。

(逆にストーリーを弄らないのであれば、正義感と名誉欲を併せ持ってなお矛盾しない曲者のキャラクターにすべきだし、エッカートではなく、より相応しいキャスティングにすべきだろう。)

終盤、ジョーカーを捉えるために街中の携帯電話を盗聴するクリスチャン・ベールに対し、モーガン・フリーマンが倫理を諭すシーンがある。立派だ。正論だ。似たようなことをやっているアメリカの諜報機関を揶揄する意味合いもあるのだろう。だが、実直と正論が手を組んだ愚直さではなく、私は個人が個人に寄せる超越的な信頼関係にこそ魅力を感じる。

この映画によって、ノーラン監督は個性で勝負する傍流のポジションから脱して、押しも押されもせぬメインイベンターになったことがはっきりした。今回の興行的成功は私も嬉しく思うが、今後はよりいっそうの高みを目指して欲しい。バットマンとジョーカー以外のキャラクターに魅力を感じられない、人間関係のドラマが弱いというのが、『スパイダーマン3』や『MI:3』のストーリーテリングを良と位置付ける僕の見立てです。

(評価:★3)

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