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[コメント] おおかみこどもの雨と雪(2012/日)

暗いところで見たらすごい美人だし話も弾んで楽しくて気持ちよくお金を払ったんだけど、お見送りされて冷静になってみると「アレ?」ってことあるよね。それ。
林田乃丞

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 まったく気持ちのいい映像体験をさせていただいたので★4ではあるのですが、これはいかんなーという思いの方が強いです。すごくいい作品だと、私は劇場で見間違えてしまった。そんなによくないわ、と気づいたのは帰りの車の中でした。

 たとえば、この世界でもオオカミは「もう絶滅したもの」として定義されています。だとしたら、街中でその死体が浮いたとき、ゴミ収集車に放り込むようなことをするでしょうか。保健所は何をしてるんでしょうか。

 たとえば、ネグレクトを疑うスーツの人たちは、一度来ただけでもうあきらめてしまうのでしょうか。行政は何をしてるんでしょうか。

 たとえば、オオカミの女の子を産んだ人間の女とオオカミの男は、その乳飲み子を横に置いて避妊もせずにセックスするでしょうか。どんな生き物か分からない幼体を、もう1人(1匹)孕むリスクについて、思いが及ばないのでしょうか。

 これらはすべて、物語の進行から要請された展開であって、社会のルールや常識のルール、つまり私たちの世界の「本当」から逸脱しているんです。2人のおおかみこどもを対比させたいから、年子にする。だけどそのもっとも苦悩と葛藤が濃密であろう1年間の夫婦の感情はちょっと説明できないので、飛ばしちゃう。この作品は、そういう作り方の物語です。

 思うに、2つウソをついたら、それはただのウソなんです。ひとつ目のウソは、オオカミ男がこの世にいるということ。この大きなウソを成立させるためには、その周辺世界には綿密に厳密な「本当」を敷き詰めなければいけなかった。それを、この作品は怠っているということです。

 前作『サマーウォーズ』でもほとんど同じようなことを思ったんですが、細田守という人の作る物語は、雑なんです。見せたいシーンがあって、それを見せるためなら世界のルールを捻じ曲げてもいいと思っている。適当でいいと思っている。ドーンとすごい演出ですごいシーンを見せれば、客は満足すると思っている。

 客はそれで満足するんです。事実、私も劇場ですごく満足した。窓でカーテンがひらひらするところなど、涙出ちゃった。

 でもそれじゃダメだと思うんです。フィクションは現実世界から逸脱しては意味がないんです。オオカミ男がいるんだという設定を作ったなら、それ以外の部分は徹底的に私たちが生きている世界のルールに従わなきゃいけない。いや、いけないことはないんだけど、というか、フィクションに意味なんかなくたっていいんだけど、こういう啓蒙的なテーマを扱うにはちょっとやり方がショボいというか、これじゃ残らないと思うんですよ。この物語体験が、胸に残らない。

 ここ2作で細田監督のやっていることは、自分の作品を自分のルールだけで組み立てることです。作品の神になることです。そうして作られた『おおかみこどもの雨と雪』はたいへん美しい箱庭だったけれど、私たちの生きている世界とはまるで関係がない。ただ漠然と「子育てって素晴らしい」というイメージビジュアルだけが流されている。観客は反射的な生理現象で涙を流す。

 細田さんが宮さんの後継者なんて、とてもじゃない。どちらかといえば新海誠先生側の作家だと思いますよ、いい意味でも悪い意味でも。

(評価:★4)

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