コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ザ・コーヴ(2009/米)

広く上映されてほしい。そして、見た人は、できるだけ多くの意見に声を傾けてほしい。世の中にはタチの悪い嘘っぱちの映画もあるということを、知ってほしい。
林田乃丞

 私は映画というメディアの持つ力を、まだまだ信じている部分がある。プロが制作し、プロがカメラを回し、プロの買い付け人が劇場にかけた映画には、その瞬間にある種の“説得力”が宿ると信じている節がある。よきにつけ悪しきにつけ、テレビや新聞と同様に映画にも、まだその種のパワーが残っていると思っている。

 だから、この映画がリック・オバリーよりもっとエキセントリックなレイシストを扇動し、地元猟師という生活弱者に危害が加えられる可能性を恐れる。“善”なる彼らの仲間が“悪”として描かれた人々を傷つける可能性を恐れる。原典では猟師たちの顔にモザイクが入っていなかったという。配給のアンプラグドは「個人特定されぬよう」という理由で彼らにモザイクをかけたそうだが、それにより太地町の港で働く全員が危険にさらされることになった。この映画が二元論に終始している限り、その危険の質は変わらないのだ。

 私はイルカも鯨も食べたことがないし、太地でその捕獲が禁止されても痛くも痒くもない。イルカ猟がどれだけの利潤を生むのかも知らないし、目をこらしてこの映画を見ても説得力のある数字は登場しない。イルカが人間と会話できるから殺しちゃダメという彼らの主張にだって、メルヘンとしてなら傾聴の価値があるとさえ思う。

 問題は、この映画がイルカ猟そのものの是非を一切論じていないことだ。まるで猟師を快楽殺人者のように描き出し、倒すべき敵として糾弾するその姿勢が卑怯だと言いたいんだ。

 たとえイルカ猟が莫大かつ不当な利益を生んでいるとしても、仮にそうだとしてもだ、撃たれるべきは現場の猟師ではないだろう。彼らは過酷な労務に従事する労働者に過ぎない。それは、この国の憲法によって守られるべき存在だ。何人たりとも、むやみに彼らから生活の糧を奪う権利は持たないはずだ。

 もしこの映画が言うように、本当に誰かが実情を隠して、国民を騙してイルカ利権をむさぼっているなら、どうぞそいつらを撃てよと思う。くだらないスパイごっこに興じるより先に、その利権構造を暴けよと思う。

 イルカ猟や捕鯨がこの地球上から消え去ったときに本当に困るのは、リック・オバリー、ポール・ワトソン、あんたらじゃないのか?

 *

 とはいえ、盗撮されたという「血の海」の風景には、目を見張った。こればかりは貴重な映像資料といえるかもしれない。そこには厳粛な職業の現場があった。屠畜場の風景はきっと例外なく穢れて見えるものだし、だからこそ街中の往来で牛や豚を解体する者はいない。彼らはそれを塀の中に隠し、COVE──入り江に隠す。その行為は、生業は、決して罪でも恥でもないはずだ。

(評価:★1)

投票

このコメントを気に入った人達 (4 人)ペペロンチーノ IN4MATION[*] ぽんしゅう[*] 大魔人

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。