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[コメント] アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル(2017/米)

「底辺娘どたばたフィギュア戦記 〜血煙り純情篇〜」。ヤサグレた態度の裏に、痛いほど何かを切望する可憐さが潜んでいる。これを観て、あ、私だ、と思ってハハハと笑った人は結構いたんだろう。なら、アメリカは悪い国ではない。良い国かはしらない。

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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フテた仕草でタバコを吹かし、ZZトップ&紫の衣装で、リンクを場末の酒場と化す底辺娘。草木一本生えないハードボイルデッドな中年ウェイトレス母。腐れたフレディ・マーキュリーみたいなDV夫。ダサいセーターを着た実家住みボディガード(というかただの夫のツレなのだが)。――こんな連中をアメリカの代表に選ぶわけにはいかない、とおエライさんたちがビビったのも、まあ、わからないではない。

でも、私は彼女たちを魅力的だと思った。彼らはぜんぜんウソのつけない人たちである。「ナンシーをやっつけてやるわよぉ」なんてついよけいなことを言ってしまうぐらい。彼らを特徴づけるのは、その自己不信と、もの心ついて以来の漠然たる被剥奪感である。だから彼女の口ぐせは「私のせいじゃない」だ。でも、ヤサグレた態度の裏では痛いほど何かを望んでいる。求めている。彼らは純情可憐なのである。

とてもいいケツをしている底辺娘には才能があった。おエライさんたちを嘲笑うかのように、トリプル・アクセルをきめてしまう。そして、彼女の純真さに影が差した。もしかすると、アクセルを飛んでからの数年間の方が不幸だったかもしれない。

人生とはあらかじめ剥奪されているものだと思っていた。でもそうではないかも、自分の手で何かを得ることができるのかも、と初めて思えた。いや、絶対そうしてやる…どんな手を使っても…そう思った時、彼女の心に小さな悪は生まれた。そしておよそ考えられる限り最低のやり方でそれを表現してしまった。だって、仕方がない。希望のあつかい方なんて知らなかったんだから。さすがのハードボイルド母だってそこまでは知らなかった。私のせいじゃない。

リレハンメルの控え室で、"おてもやん"みたいなお化粧をして、何とか笑顔を作ろうとするのに、どうしても泣き顔になってしまう。そんな底辺娘を見て胸がつぶれそうになった。一度希望を与えて、それからそれを取り上げるのは残酷だ。

すべてが台無しになって、むしろ彼女たちは明るい。ただ彼らは笑うだけだ。底辺娘はハハッと笑い、ハードボイルド母はフンッと鼻を鳴らす。腐れフレディ夫はフフフとふくみ笑いし、実家住みボディガード(夫のツレ)は意味不明にニ ヤリとしてみせる。それを見て、私たちもハハハと笑う。トリプル・アクセルを飛んだ時、たしかに彼女は勝利者だった。人生で初めて、何かを手に入れられる予感に打ち震えていた。そして、ハードボイルド母の哲学の正しさも証明された。その勝利はたった数分間しかもたなかった。彼らはべつに不幸ではない。ただホワイト・トラッシュなだけだ。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (5 人)緑雨[*] DSCH ぽんしゅう[*] けにろん[*] 週一本[*]

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