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[コメント] 過去のない男(2002/フィンランド=独=仏)

一見サラリと流れていく群像の中、犬のお巡りさんのちょい毒がピリリと利いている。それにしても、「過去=過ぎ去り」が無いとは、喪失の喪失なのだ。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







冒頭の方での病院の場面で、一度死んだと見なされた主人公がムクリと起き上がるのは、まさに彼の「復活」を暗示している。そして、流れ着いた先で彼は、人々のささやかな、だが淡々とした日常に於いては大きな意味を持つ「復活」を、次々と惹き起こしていく。

救世軍の、昔は歌をやっていた年増の女性が、主人公の影響で再び歌う件は、過去のない男によって過去を取り戻した女の劇として面白い。銀行強盗も、過去にケジメをつける為に主人公を頼るが、彼の場合、それは同時に、自分の未来を放棄する事でもある。救世軍のバンドは、主人公の家でジュークボックスを聴いて、それまで同じ繰り返しのようだった音楽活動に、新たにレパートリーを増やす。このジュークボックス自体、主人公がこの地にやって来た事を切っ掛けとして「復活」したのだ。

そして、何と言っても、主人公の恋人となるあの女性。典型的な美人でもないし、若くもない彼女が選ばれるからこそ、「復活」劇としての印象が強まる。銀行強盗の容疑で収監されている主人公から、彼女の宿舎に電話がかかってくる場面で、彼女よりも若い女が、自分にかかってきた電話だと思って受話器を一旦奪った後、それを返す所などは、自分に電話がかかってくるのが当然と思っている若い女に、謹厳実直な女性の「初恋」の初々しさが勝利したように見た。恰も、ドライ・フラワーが水分を取り戻し、新芽よりも元気に育っていくような復活劇。或る意味、恋を当然のものとして享受している若い女は、恋という経験に於いてはより老いているとも言える。

主人公が一旦、別れた妻の所へ帰郷する場面では、場面の淡々とした雰囲気が特に変わるわけでもないのに、ガラス一枚隔てたような、関係の隔絶感が印象づけられる。主人公は、妻に新たな男が出来ているのを知ると、却って肩の荷が下りたように、大事にしてやってくれなどと言い残し、あっさりと去る。彼と妻が対峙する場面では、妻は或る喪失感というか、苦さを滲ませているのに、彼の方は喪失感すら喪失している。この寒々しさは、映画全篇の中での、真空地帯のようだ。

そうした主人公は、再び列車に乗って、恋人のいる土地に帰るが、列車に乗ってあの土地に向かうという行為は、映画の冒頭では、彼が過去を失う契機となっていた。そして、その直接の原因である暴漢らが、再び登場する。だが今度は、土地の人々の力によって、暴漢らは追い返される。言わば、この土地で主人公がゼロから紡いでいった「過去」が、彼の「未来」を繋いだような格好だ。

僕にとってはこの映画、『10ミニッツ・オールダー』を除けば、初カウリスマキだったが、これは独特の味だな。まるで、人物が一点から一点へと最短経路で移動する様子を繋いだだけのような、淡々とした、ミニマルな演出。これが心地好い。感傷を排していると言えばそうかも知れないが、全てが感傷で出来ていると言われればそんな気もする。フィンランドの景色が美しいのだが、人々の営みもまた景色として美しい。

(評価:★4)

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