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[コメント] リパルジョン・反撥(1965/英)

心理を、視聴覚的空間性の問題として捉え、演出すること。その濃密さ。モノクロームの画面が、その純粋性をより際立たせる。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







キャロル(カトリーヌ・ドヌーヴ)が、勤めている美容院でぼんやりしていたせいで客の指を怪我させてしまうシーンでの、床に這いつくばったキャロルの眼前で、落ちたスポイトが回転している短いカット。全て計算し尽くされたカット作りが為されていることが端的に分かるのがこのカットだ。

劇中に何度か挿入される、キャロルが街を歩くのを追うシーンは、動的かつ洗練されたショットにジャジーな音楽が相俟って、それ自体が鮮烈な印象を与えてくれるが、これが印象の伏線となって利いてくるのは、キャロルが部屋から出なくなった後の室内シーンに於いてだ(留守番となった彼女が不安に駆られていく辺りで、屋外の歩きのシーンが道路ではなく橋の上に、つまり確固とした地面から離れるのも巧いのだが)。ここで突然、室内の空間が膨張したかのように、部屋が広々とした光景として撮られている。つまり、部屋という閉鎖空間に籠もって身を守っている筈のキャロルだが、むしろ、その内向性が高じた結果、今度は室内そのものが、街と同じような「外界」としてキャロルの身を囲繞し始めるのだ。そして、外界からキャロルを隔てる筈の壁から伸びた手が、彼女の肉体をまさぐるようにもなる。

これが、単なる性への嫌悪というよりは、抑圧された衝動の裏返しという見方はやはり成立するだろう。キャロルは、姉が愛人の男の為に用意していた兔の丸焼きを、保護者である姉の代わりのようにして、冷蔵庫から出して放置し、腐らせたまま放置するのだが、これは、キャロルの恋人(?というにはキャロルはあまりに拒絶的だが)であるコリン(ジョン・フレイザー)と大家(パトリック・ワイマーク)、二人の男を殺害し遺体を室内に放置することで、逆説的にも、男の存在を呑み込んでしまうことと無関係ではないだろう。壁がぶよぶよとした肉感的なものに変じてしまう幻覚は、部屋がキャロルの肉体と同化したと見ることもできる。この、内と外の境界が浸食される生々しいイメージの提示。意外にデビッド・クローネンバーグに似ているところもある映画。キャロルが見る、壁の亀裂の幻覚が、通気口という、それ自体が既に内と外を繋ぐ回路から発する辺りがまたにくい。

侵食という事態は、とりわけ音響によって演出されてもいる。すぐ隣にある建物から聴こえる、庭で球技をする修道女たちの歓声と、鐘の音。この、外界からの隔離と禁欲とを連想させる二つの音は、キャロルが室内で男と対峙するシーンで効果的に挿入されている。また、キャロルの部屋で時を刻む時計の秒針の音。放置された兔の肉に群がる蠅たちの羽音。廊下の足音。昇降するエレベーターの作動音。ピアノでドレミファソラシド、ドシラソファミレドを延々と繰り返す音。電話のベル。姉(イヴォンヌ・フルノー)が愛人マイケル(イアン・ヘンドリー)とセックスする喘ぎ声。僕らが彼女の喘ぎ声を再び聞くことになるのは、イタリア旅行から帰ってきた彼女が、男の死体を見つけて恐怖に慄くシーンでだ。ここでも、男を受け入れるということ、つまりセックスが、男の殺害という行為と逆説的に結合した事態を見ることができるだろう。

姉の不在中に再びかかってきた無言電話を受けたキャロルは、それが、マイケルの妻からのものだったことを知り、姉の代わりに彼女が批難の言葉を浴びることになる。切ってもまたかかってきた電話のベルから逃れようとコードを抜こうとしたキャロルは、嫌悪していていたマイケルの剃刀でそれを切断することになるし、欲情した大家を切り刻むのも、その剃刀を使ってだ。そして、キャロルの行為が明るみに出、無関係な住民たちが、キャロルがその潔癖症の故に籠城していた部屋に押しかけてきたシーンで、住民たちはだが、「触れないほうがいい」「動かしちゃダメだ」と、キャロルに触れようとしない。放心状態のキャロルを抱えていくのは、彼女が触れられることを嫌悪していたマイケルなのだ。

この映画の最初のカットはキャロルの、警戒するように小刻みに動く目のアップから始まるのだが、ラストシーンでマイケルに抱えられた彼女の目は、もはや何を見ることもない。最後に映る家族写真では、両親の顔は影に隠れ、少女の頃のキャロルの眼差し――向かって右側にキッと、石のように頑なに向ける眼差しが、既に全ての運命を予告していたものとして、深い印象を刻む。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)DSCH[*] けにろん 赤い戦車[*]

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