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[コメント] 飛行士の妻(1980/仏)

手紙は宛先さえ書けば相手に届く。そして届くのは、本当にただ紙切れ一枚程度のものでしかない事の虚しさ。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







今回の格言――「人は何かを考えてしまう」。

物語そのものは何という事もないロメール作品の繊細さは、冒頭で既に表れている。三ヶ月ぶりに帰ってきた飛行士のクリスチャンが、愛人であるアンヌの部屋で「妻がパリに住む事になったし、子供も生まれるから、もう会えない」と告げる場面で、この男が部屋に飾られた絵を見つける。これはアンヌの姪っ子の絵なのだが、子供が生まれるから別れようと突然告げられた彼女に欠けているものが、この幼い絵に表れている。

また、終盤、フランソワとアンヌが会話を交わす場面では、アンヌが、もう同棲には懲りたから、愛する人とでも一緒には暮らしたくない、と言う所で、アンヌは金魚鉢に餌を落とし、フランソワはスノーボールを玩びつつそれに視線を向ける。ここでカメラは金魚鉢とスノーボールを接写している。二人の思いが別々の方向に向かっている事を、こうしたちょっとした編集で見せる。更に話し込んだ事で、仲直りしていく二人だが、フランソワが昼間に一緒にいた少女の話になると、つい先程まで泣いていたアンヌは、フランソワと話している内に落ち着いた事で余裕が生まれたのか、再び、少しよそよそしい態度になる。下着姿でいた彼女は、男友達に会う為に服を着て、別れる時にも、キスを嫌がるような仕種を見せる。

フランソワが、近くだから直接手紙を投函しようとリュシーの家に行くと、彼女が恋人と笑顔で抱き合い、キスをしている現場に遭う。彼女は昼間の会話では、恋人などいないかのように振る舞っていたのだが。フランソワは、最初は嘘をついて取り繕っていたにも関わらず、結局は自分の恋人の事を洗いざらい話してしまったけれど、開放的に見えたリュシーはフランソワが思う程には心を許していなかった訳だ。

フランソワは、リュシーの恋人を尾行してしまう。そのせいで、手紙は切手を貼りポストに入れて送る事になる。昼間、クリスチャンが女と歩いているのを尾行した時と同様の、衝動的な行為。そして、郵便局員として夜間勤務の彼が、夜、ポストに手紙を投函するという皮肉。

冒頭、フランソワが置き手紙をしようとするとインクが出ず、反面、クリスチャンが置き手紙をすると、アンヌが物音に気づいて部屋から出てくる。この時にフランソワが持参していた紙が、後でリュシーに住所を書かせるのに使われるなど、紙切れ一枚で登場人物の関係性を匂わせる手法が洒落ている。

フランソワは、居眠りしていたせいでアンヌとクリスチャンが会っているのを目撃したり、たまたまぶつかったリュシーに咄嗟に道を訊ねたり、アンヌの居場所を探してパリ中のカフェを見て周ったり、偶然と衝動と彷徨に流されるだけの主人公。冒頭の場面での大量の手紙、終幕での人込み、これらに表された、パリの人口の多さと、その中に紛れて消えてしまう主人公の寄る辺無さ、そして、題名の「飛行士の妻」が、フランソワとアンヌ双方に、間接的にではあるが深く関わる人物でありながら、遂に現れないというペーソス。

ロメールの『喜劇と格言劇』シリーズ第一作にして、唯一の、男性を主人公とした物語、という点も印象深い。

(評価:★4)

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