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[コメント] 007 スカイフォール(2012/英=米)

ダークナイト』同様、作品を牽引するのは悪役(ハビエル・バルデム)の魅力。アクションシーンは、どこかで何度か観たことがあるような、既視感溢れるものでしかないが、終盤の、殆ど抽象画と化した色彩世界は一見の価値がある。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







冒頭シークェンスでMが下す決断が不合理すぎるんですよ。イヴが標的の狙撃に成功する確率はほぼゼロだろうという状況で、007と揉みあっている標的を撃てと強制する。通信を介しての、イヴの口頭による状況説明だけで無茶な判断を下すM。ボンドに任せたほうが、標的が確保できた可能性がはるかに高かった筈。焦ったバアさんが血迷っただけにしか見えん。これは、誤射を受けたボンドが橋の下の河に落下し、Mを恨む・・・・・・、が、シルヴァのように「ママがぼくを裏切った!」と駄々を捏ねたりしないという対比を描くというプロット上の要請で作られたシーンであり、恣意的に過ぎる。

川底に静かに沈んでいくボンドの頭上に「skyfall」のタイトルが現われる画が、実に美しい。ここから恒例の、豪華で長いオープニング映像なのだが、その中で、撃たれたボンドの心臓と、網目状の血管が赤々とした血の色を見せるシーンは、後に、MI6がハッキングされる直前、モニターに映し出されていたロンドンの地下地図が、赤い網目状の線で表示されるシーンで想起されることになる。つまりは、ボンドがMI6の面々と共に格闘する危機的状況はそのまま、ボンド自身のハートの危機でもあるわけだろう。地下道は、ボンドの生家でのシークェンスでも重要な役割を持ち、なおかつ炎に侵入され、これまた紅に染められる。ボンドが冒頭で助けようとしていたエージェントも、撃たれて血を流していた。失血死から救いたいボンドは、だが、Mの命令で標的の追跡に向かうことになる。

終盤のアクションシーンも、赤一色に染められた世界だ。その悪夢的な美の徹底ぶり!ボンドが、足元の氷に銃弾の嵐を浴びせて自ら敵と共に沈むシーンは、冒頭でMに強いられた水中落下を自らの意志で行なうことで、Mへの恨みという、シルヴァと同じ状況を反復しつつ、それを克服するという、象徴的な場面だ。また、水中から発光弾を頭上へ撃つシーンは、純粋な色彩の強度への傾斜をより高めており、この映画はこのままどこまで行くんだろうと感動させられる。尤も、ここらがピークで後は特に感動する要素は個人的には無かったんだが。事が終わった後、建物の上でボンドが、青い空の下、ロンドンの街を見下ろすシーンは、「落下」の劇(といっても『インセプション』ほど徹底していないけど)の後の解放感と安定感の獲得を実感させてくれてはいたけれど。

若きQのハイテク・オタクぶりが発揮されつつ、小生意気な若造とボンドのやり取りが繰り広げられたら新鮮味もあっただろうに、チャーチルの隠し地下道(ここにも地下。そういえばボンドが撃たれたのも、鉄道のトンネルという穴の前だった)だとか、クラシックカーに仕掛けられた隠し武器のマシンガンが火を吹くだとか、「ボンド。ジェームズ・ボンド」の決め台詞だとか、アナログかつ古典的なものへの指向が強すぎて、退屈。古いといえば、他ならぬボンドが「老人」として描かれていて、しかも試験に不合格なのにMの私情によって復帰するという不条理。狙撃の罪悪感なのか何か知らんが、アクセルとブレーキを踏み間違える年寄りに運転免許を再発行するような、危険極まりない愚行。シルヴァのウイリアム・テルごっこで死んだ女も、ボンドの射撃が正確なら命拾いしたかも知れないのにね。

諜報の世界で闘う厳しさが感じられないんですよ、いまひとつ。時代は『24 -TWENTY FOUR-』や『96時間』、『ダークナイト』ですよ。つまり、時によっては卑劣かつ残酷な脅迫や拷問さえ厭わない、そこに倫理的葛藤を抱えているからこそよけいに緊迫の度を高める心理戦だとか、醜ささえ伴いつつも、一刻を争う事態では他の手段が択べない暴力だとか、ざっと言えばまぁそういうことだ。まだ未練がましくスタイリッシュであろうとしているらしいボンドには違和感がある。それに、小粋さを気取っているらしい台詞にもウィットが欠けていて、これなら地味に仕事をやっていてくれと言いたくなる。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)けにろん[*] DSCH

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