コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] buy a suit スーツを買う(2008/日)

ビデオカメラの映像の質感、その即物的な記録性は、使い手によっては何とも貧しい画面をもたらす場合もあるが、本作ではむしろ、それが捉えた刹那的な時間の切なさをより際立たせている。東京の風景と、関西弁の会話という、目と耳の距離感も切ない。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ユキ(砂原由起子)が東京で再会した三人との関係は、一つの家族、仲間としての絆を共有し合いながらも、その反面、相手の人生の可能性を削り合うような関係でもある。ユキが兄・ヒサシ(鯖吉)に、「スーツを着ていて感じが変わっていた」と語る、知人の山口 (山崎隆明) 。彼は、ヒサシの数学の才能と自分のそれとの差を知ったことで、「数学から逃げられるなら何でも良かった」と、広告代理店で忙しく働く身になったようだ。だが、ヒサシの方はむしろ、その理屈っぽい性格のせいで世間と齟齬を生じ、ホームレスに零落れてしまっている。ヒサシが元恋人のトモ子(三枝桃子)とヨリを戻そうとした際も、彼女からきっぱりと拒絶されるし、彼女と妹とで一緒に飲んでいるシーンでも、「もう一旗あげようと思う」と口にした計画に対し「許可とか要るんじゃないの」と忠告を受け、何でも許可が要るのかと憤る。

最後の、ユキが兄に「スーツを買う」ことにするシーンは、山口のスーツが象徴する、世間にそれなりに居場所を見つけた人生、という可能性に、僅かながらも兄を近づける行為となり得たのだが、それもまた、トモ子が何者かに刺殺(?)されて倒れているのを発見する、という出来事によって、中断させられる。結局、決定的な「可能性の殺害」は、四人の関係性の外から唐突に訪れるのだ。四人の関係は、互いに微妙なものを抱えてはいたが、それでもやはり、かけがえのない絆でもあったのだ。そのことが、決定的な喪失という形で知らされるという、甘く苦い結末。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。