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[コメント] 長い散歩(2006/日)

少女役杉浦花菜の愛らしいクソガキぶりが成立させた映画。受けに回った緒形拳の戸惑い顔と右往左往も味わい深い。ただ中盤以降のあからさまにテーマを語り始めた辺りから、演出の絶妙なバランスが一気に崩れるのが残念。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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オーディションで拾ったという少女が魅力爆発。レストランで「メロンパン!」と主張するときの目がいい。スーパーで食品を次々に破壊していく行動の過激さと対照的な、その無邪気な表情がいい。「ガキ!」「くそじじい!」と舌足らずな声で叫ぶパンクな愛らしさがいい。突然「さわるなキー!」と叫ぶときの「キー!」の頑なな様子がいい。ただ、彼女の歌う「天使のパンツ」が云々というあの歌、最初聞いたときにはオムツのCMソングかと思ったが、幼女がパンツパンツと陽気に歌う様子には、かなりギリギリな印象もあった。パンツじゃなくて羽の歌じゃダメだったのか?

それと、重箱の隅をつつくようなことかもしれないが、この少女の「サチ」という名を知った安田松太郎がすぐさま口にする「サッチャンか」の、なにやら童謡の「サッちゃん」を連想してほしいけどハッキリそう言うのも厭らしいんでこれくらいにしておきましたといった感が滲む台詞が、なんか厭。サチ役が元気すぎるせいか、逃避行と呼ぶには悲壮感が足りないのも、演出面での不備と言わざるを得ない。終盤の、空に向かって飛ぼうとしたサチの天使の羽が壊れる、というシーンの印象がそれほど鮮烈に感じられないのも、そのせいだろう。

何より、松田翔太の演じた帰国子女の、取って付けたような若者像にはうんざりさせられる。『八月の狂詩曲』やら『赤い鯨と白い蛇』やら、年寄りが頭の中で想像して描く若者はいつも空々しい。彼が、自分が居た国に比べて日本は平和、と言うその「平和」の中で少女が母に虐待され、絞め殺されかけさえする様には考えさせられるものがあるが、そんな帰国子女の彼の名が「ワタル」(つまり異国間を「渡る」)というのも、いかにも頭で考えて付けた名という印象が。これもまた細かいクレームだけど。

ワタルが、いかにも映画的な小道具である拳銃持ち込みということまで行なうのも、余計に彼の存在の作為性、虚構性が際立って見えてしまう。監督の、ヤクザ映画じゃないけど拳銃が使いたいんだよ、という心情がそのまま漏れ出たような唐突さのある拳銃登場。このワタルの、水辺で自らの頭に拳銃を突きつけて自殺、しかもその際、口元が何かを告げるように動くが声は聞こえない、という、皮相な意味で「映画的」な演出もどうなのか。

旅先の旅館で、松太郎が裸のサチの身体に無数の痣を見つけて固まってしまうことと、サチが見つめるテレビから聞こえる音楽のおどけた調子や、幼稚園での、高岡早紀が夫に去られる光景と、サチのお遊戯の様子とのコントラストなどは、感傷的な湿っぽさに対して距離を保つユーモアと、明るさとのギャップによって高まる悲惨さとが同時に感じられる。隣室の子どもの悲鳴に耐え続けた松太郎が、急に走ったり竹を切ったりして何に精を出しているのかと思ったら、唐突に忍者になる展開も、そのバカバカしさが好きだ。竹での一撃も思い切りがよい。こうした、ユーモアと、乾いた感傷性とを絶妙に保ったままでいてくれたらよかったのだが、ワタルが出て来た辺りから暗雲が立ち込める。

そもそも、二人の逃避行が「空に浮かぶ雲と鳥を見る」という、特定の場所を目指す必要も無さそうな漠然とした目標に向かっての旅であるせいで、二人が刑事に追われても、感情移入し辛いものがある。松太郎と娘との諍いが、彼の目的地と結びつく辺りも、画的にエモーションをかき立てるものが薄いせいで、図式的な筋書きに思えてしまう。更には、刑事役で、監督でもある奥田瑛二自らが「皆行き詰ってるんだよ」、「安田みたいな男が必要だ」云々と、作品のテーマをご丁寧に語る様には、豪胆に見えてその実、この人は自分の言いたいことが伝わっているのか不安なんだろうかと思えてくる。

その、「行き詰まって」いるらしい「皆」が、警察署の前で泣く松太郎とそれを心配するサチの周りに人だかりになる演出など、わざとらしくて見ていられないのだが、署の前の人だかりに向かって警官が歩きだす短いショットは、ちょっといい。もう少しの工夫があれば、もっと自然にこのショットに導けたはずだ。色々と勿体ない映画。

(評価:★3)

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