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[コメント] 悪い奴ほどよく眠る(1960/日)

悪い奴らの安眠の夜を照らす復讐者。夜=暗闇に他人を隠滅する者の安眠術。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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よく眠る悪い奴らの安眠を破るかのごとく、夜の闇を車のヘッドライトや懐中電灯の明かりで照らす三船。ヘッドライトの一瞬の閃きが、死んだはずの男の姿を亡霊のように夜道に浮かび上がらせる場面や、冒頭の結婚式に登場した謎のウェディングケーキさながらに、ビルの窓から漏れる光、といった視覚的面白さ、火山の噴火口や廃墟といった、あまりのわざとらしさに却ってヨシとしたくなる強引なロケーションなど、随所でのハッタリのかまし方が楽しい。

次々と新たな策略や危機が登場する脚本の方も、『隠し砦の三悪人』風のサービス精神が感じられて嬉しい。また、テーマ論的に見て最も注目したいのは、権力者たちが個々の人間を利用価値でしか見ず、その人間に課した立場と責任に訴えたり、金銭的な見返りを交換条件にして、利用し抹殺する在り方に対し、三船らが対抗するにあたって、社会的には存在しないことにされた立場を逆手にとって復讐する、という点。つまり、自殺したとされる男と、私生児という日陰の存在の男。また、立場や金銭という非個性的なものと安易に交換される個人、という点では、三船が行なった戸籍の交換という作戦にも一つのアイロニーを感じる。

その三船は、敵の娘を、敵に接近する為の道具として利用した、つまり彼もまた人間を利用価値という物差しで扱ってやろうとしたわけだが、それが結局は誤算だったという筋書きは、それ自体としては巧いと言える。最後のパッドエンディングで、彼女が実の父に利用されたことで死んだようになってしまう所なども含めて。だが、この妻の描き方があまりにもステレオタイプなのが引っ掛かる。純粋無垢の象徴としての身体障害、性に臆病であること(初夜の褥で真っ青になって震えていたことへの三船の驚き)。

役人の歪んだ職業倫理という点では『生きる』での役人の事なかれ主義を思い起こさせ、むしろこの辺をもっと突っ込んで描いてほしかった。純粋無垢な娘を軸にした善悪二元論というのは単純にすぎるし、そのせいで結末もなんだか間が抜けたものに思える。

三船が殺されたことを訴える友人の演説調の場面を見ていても、「きっとこれも何かの作戦なんだろう」と思っていたので、そのままのパッドエンドは意外というか肩透かしに思えたが、これはわざと狙ってやった…んですよね?そうでなかったら、演出的にちょっと不手際な気がするし。

それと、場面にミスマッチな軽快な音楽を挿入する手法は、ミスマッチの妙というよりは、単なるミスマッチに思えた。あの曲調はちょっと調子に乗りすぎだろう。

因みに、手塚治虫の『MW(ムウ)』は、幾つかの要素でこの映画を参考にしているように思う。作品の内容の凄まじさでは、手塚の方が遥かに優っているのだが。色んな意味で。

(評価:★3)

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