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[コメント] 父、帰る(2003/露)

とにかく、ショットとアクションのシンプルかつ強靭な力に圧される。そうした、瞬間的な「現在」の充実ぶりから徐々に立ち現れてくる反復。ひとつの試練、謎、問いとしての父。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







息子二人が、帰ってきた父を初めて見たとき、父はベッドで眠っている。そして終盤では、ボートに横たえられたその姿を、その体の下方から捉えるという、同じようなアングルで撮っている。イワンが飛び込みができずに座り込んでいた高所と、島で父から逃れようとして同じような高所に昇る行為。そこから落下して呆気なく絶命する父。冒頭の飛び込みシーンでは、少年らの落下によって泡立つ水中を捉えたショットがあり、父がボートごと沈んでいくシーンでも、水中のショットがある。兄のアンドレイは、「殺すなら殺せ」と叫んだ自分を捕らえた父が手にしていた斧を自らが手に取り、樹の枝を切って父を載せて運ぶ。弟に「手でやれ、手で」とか「荷物を載せろ」などと、父と同じ言葉で指示を出す。互いに対立し合いながらも、父が息子たちを、息子たちが父を反復する構図。その果てにもたらされるのは、和解でも理解でもなく、父を息子たちが乗り越えるというシンプルな出来事。

だが、逃げるイワンを「誤解だ」と焦りの表情を浮かべて追った父、落下する直前の、訴えるような必死の表情や、淡々と運んできた父の遺体がボートごと沈んでいったときの、兄弟が「パパ!」と叫ぶ様に、瞬間的な親子の情感が閃いたようでもある。

このシンプルかつ完璧な構図は見事ではある。だが、個人的には、そのようにして訳が分かっていく中盤以降よりも、水面や空間の無根拠な美しさ、ショットとアクションだけで充分に自足している映画性、父の理不尽かつ反論しようのない言動、といった無償性の湛えられた序盤の方が、より充溢していたように思える。

父の過去や、家から長年去っていた理由、その仕事、旅の最中に済ませていたらしい用事の中身が最後まで明らかにされないのは、父の背後に大きな世界を「謎」として感じさせるための仕掛けだろう。まだ少年である兄弟にとっての、未知の世界。父の強権的な振る舞いや、妙にサバイバルに長けている様子、息子二人をどこへ何のために連れて行くのか分からないその行動など、全てはその父の背後にある世界と何らかの繋がりが感じられる。だからこそ、その未知の力に兄弟が従わせられながらも、遂には耐えきれずに反抗する行為は、二人を一気に大人の男へと成長させるほどに大きな行為となる。

イワンは結局、高所から飛び込むことができず、父が代わりに落下したような格好でもあるが、その結果、父は絶命するのであり、「男」としての勇気を示す行為は、反面、危険な愚行でもある。試練によって自らを試す行為には自ずと限界があるのであり、その限界を超えるという形で父は父としての姿をイワンに示したとも言える。

父の背景について説明が為されないのは、まさに説明の無い人物として機能させるためであって、「観客の想像力に委ねる」といった類いの思わせぶりではないだろう。結局、映画はスクリーンの表面に現れたもの以上でも以下でもない。そこから観客が連想する「物語」は映画とは無関係、とまでは言わないが、結局は別物。仮に作者がそこに何らかの暗喩を込めていたとしても、フィルムそのものの唯物論的な存在の前では煙か蜃気楼。

(評価:★4)

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