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[コメント] おおかみこどもの雨と雪(2012/日)

平凡な母の、平凡な子育ての物語。それでいいのだ。堪能できた――と言いたいのだけど。だけど。
れーじ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







母親から、僕が赤ん坊のころ、どういう苦労をしたかを聞かされた事がある。

僕は卵アレルギーで牛乳アレルギーで喘息だった。性格は頑固だった。今でも性格は頑固だけど。

例えば、僕はお乳を直接飲むのを嫌がって、哺乳瓶からしか飲もうとしなかったらしい。 脱水症状になる寸前まで我慢してお乳を飲むのを拒否。とにかく拒否。

根負けしたは母は、授乳のたび、毎回お乳を哺乳瓶に移す作業に明け暮れていたそうだ。

例えば、僕の食物アレルギーは本当に酷いもので、牛乳が一滴肌に落ちただけで、全身真っ赤に発疹が出来てしまうほどのものだったらしい。

これではいけない、幼稚園に通うまでに何とかしなければ、と。コップ一杯の水に牛乳数滴から始まって、料理の材料も工夫して、少しずつ少しずつ慣らして行って母は僕のアレルギーを克服させたそうだ。

喘息の発作が出た時は、一晩中抱きしめて、ずっとしんどそうに息をする僕をあやしていたらしい。

そんな僕も、とりあえずは健康体で三十前まで生きて、こうして会社員として働くまでに至っている。

それらは僕と母をつなぐ、何よりの美談である。 同時に、おそらく内容や程度の差はあれ、多くの母と子の間にあった平凡なエピソードでしかない。

この映画はつまり、それを描いたものなのだ。

平凡な母親が、平凡に子を育て、そして社会に送り出す。

だから僕は、「おおかみこども」というモチーフに特異な寓意があるとは思えない。 あれは、単なる子供だ。

人間のように言葉を理解したかと思えば獣のように自分勝手に行動する。言うこと聞かないし、暴れるし、手がかかって仕方がない。多くの親にとって、子供ってのはそういうもんじゃないかと思う。それを分かりやすくするための記号なんじゃないかと僕は感じた。

だからこの映画の中で特別なことなんて何も起こらない。 子供同士がちょっとしたいさかいで怪我をすることだって、不登校だって。 本当にごくごくそこら辺に落っこちているエピソードだ。

それでいい。だってこれは、平凡な子育ての物語なんだから。

ラストなんて、最高じゃないか。

「私、あなたににもしてあげられてない」

泣きながら花が言った台詞が、多分真理だ。

子育てに関して、やりきったと満足して子を送りだす親なんて、いない。

いろいろ突っ込みどころはあるにしろ、この最後の台詞のおかげで、この映画は「出産から子育て、そして親離れ」としてこの上なく美しい作品となっている。

―――と言いたいんだけど。いや素直な目ではそう見てるんだけど。

ここでひとつ、大きな穴がある。

狼として巣立ちを迎えた雨との対比として配置された、雪の存在。

雪に関連した構成の難と、萌え豚として堕落した自分の視線がそれだけでは許さなくなっちゃってる。

いやだって、雪ちゃん可愛過ぎるんですよ。とくに小学校入ってからが。可愛過ぎるんですよ。

「青大将腕に巻きつけて喜ぶ女の子なんていない」からがもうケシカランかぎりで、女の子らしさに目覚めた後に駄目押しの草平くん登場ですよ。

「獣くさい」の一言で自分の体臭やら肉体やら意識しちゃって一気に思春期になっちゃうわ女の子らしい弱さ見せるわ、可愛いを通り越してこれはもうイヤラシイ領域でしょう。けしからんですよ。けしからんですよ。

しかも一応の仲直りした後台風で学校お泊りイベントですよ。告白イベントですよ。ていうかいつの間にか呼び方が「そーちゃん」になってますよ。もうドッキドキですよ。保健室で寝ればいいとか言ってますよ。もうドッキドキですよ。

体育館に集合して子供たちが親を待つシーンなんかもうほぼポルノで、「駄目――ッ! そんな服で体育座りしちゃ駄目――ッッ!! ほらもう太股際どいとこまで見えてるじゃないですか! 駄目ですよこれは駄目!!はしたない!!角度によっちゃ見えてるよ見せちゃ駄目そんなの駄目えええええッッ」と大興奮の狂喜乱舞ですよ。ぺろぺろしまくりですよ。

なのに、特に嵐のシーンはそれだけのドラマとして「出産から子育て、そして親離れ」からハブられた位置にあって、狼変化の道を選んだ雨と花の間でえらく巻き気味に「親離れ」が済まされちゃってるわけですよ。

顛末なんか台詞でさらっと中学では寮に入ったとか言ってるけど、それでいいの? 雪と花のあいだの親離れは? 本格的に自分の中の女の子の生理を意識した雪と母の葛藤とかは? 

いや、思春期むかえた時点で女の子は親から自立してんのかもしれんけど。わざわざ雨の巣立ちと対比でそのシーン入れたってことは、そういうことなのかもしれんけど。女の子のことはようわからんけども。

もうちょっとこう……いいやりかた、ない?

と、そんな具合で「親離れ」できちんとオチが付けられているのは雨だけで、後半、萌えキャラとして大車輪の活躍を見せた雪の処理がすっごい消化不良になっていて、雪ちゃんに萌えまくった身にしてみれば不満極まりない。

ええい、雨はいい! 雪ちゃんを映せ、雪ちゃんをっ!

……というか、いやホント真面目な話、いかんでしょう。不公平でしょう。

男の子の巣立ちも、女の子の巣立ちも描かないと、やっぱりこれはテーマとしては片手落ちだよ。萌えアニメとしても片手落ちだよ。

ラストシーンというかスタッフロールあたりで、おばあちゃんになった花のところに雪と旦那が子供連れでやってくる、とかしてくれてたらこのあたりの不満もなかったんかもしれんけど。

先に上げたラストの花の台詞に感動したのは事実だし、雪ちゃんに萌え狂ったのも事実だけど。だから楽しめたのは事実だけど。だけど。

(評価:★4)

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