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[コメント] 砂の器(1974/日)

地道だが丹念な刑事捜査に光をあてた演出に丹波哲郎が映える。この後、彼が「Gメン75」のボスに抜擢され、一時期、日本の刑事の代表のように扱われたのも無理はない。人情を知り、足で事実を集める、まさに刑事の鑑だ。
シーチキン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







刑事ドラマとしても出色の映画だと思う。特に地味な刑事捜査を丁寧に見せる工夫された演出が良い。

若い刑事がたまたま目にした新聞記事から、物証となる血のついたスポーツシャツの発見にいたる経過は、それだけ見ればやや強引な感じは否めない。しかし、映画の冒頭、何の手がかりもない中で、「東北弁」と「亀田」を手がかりにはるばる秋田まで出張する、そして近在をいろいろ聞き込みながらも、結局何の手がかりもないし、それどころか事件とはまるで無関係であった。

それでもそういうムダを寄せ集めたのが捜査だ、という丹波哲郎のさりげない一言が、どんな些細なことも見逃さず、気になったらともかく一通り調べてみる、その結果はムダになることの方が多いけれども、その積み重ねが刑事の事件捜査の正しいやり方だということをさりげなく示している。

映画としても、本作はけして短い映画ではないが、それでも冒頭の思わせぶりなシーンに貴重な時間を費やしながら、そのシーンは、言ってみれば映画の本筋にとってはムダなシーンである。そういうものをあえて見せてまで、地道な刑事捜査を描いているから、この強引な展開もさほど気にならない。

さらに、奥出雲まで出かけた出張も最初はたいした成果も得られず、さすがに3度目の出張は言い出せなくて、休暇に自腹で伊勢まで赴く、こういう刑事の執念をさりげなく描き、かえって新鮮な感じがした。

つらい流浪の親子二人の旅を映像で見せようとした意欲的な姿勢も感じられ、強い印象があった。ラストも、刑事と犯人の直接の対面をさけ、余韻を残すものとなっている。

★★★以下は、この映画にまつわる個人的な思いを込めたオマケです。

この映画の背景にある、「ハンセン氏病」について、その患者が、「強い伝染力」「不治の病」という偏見にさらされ、長く隔離病棟に閉じ込められて厳しい迫害にさらされていたことは、この10年の中で伝え聞きで知っていたし、とりわけ特効薬が発見され「不治の病」でなく回復可能となっても、なお隔離政策、果ては断種措置まで強制されるといういわれない差別に苦しめられていたことは知識としては知っていた。

ただ、自分自身でいえば、そういう無知による差別と偏見はひどいものだなあ、と一般的には思っていたが、この「ハンセン氏病」が、「らい病」であったことを知ったのはつい最近であった。

「らい病」について詳しく知っているわけではないが、はるか昔、子供の頃に読んだ推理小説や、冒険ものの類の読み物の中には、この「らい病」がでてきたものがいくつかあった。それらは、たいていは、「らい病」の患者は不気味で、異形のものであり、おどろおどろしい雰囲気のものとして描かれ、例えば悪役の隠れ家のカモフラージュだったり、門番というか見張り役みたいな役回りであった。子供心にこれを読んで、「世の中には恐ろしい病気があるなあ」という思いとともに、「こわー」という思いも感じていた。

その後はほとんど「らい病」という言葉を見ることもなく時をすごし、やがて「ハンセン氏病」とその患者たちのことを知り、「許せないことだなあ」と漠然とした思いは持っていたが、自分にとっては全然知らなかったことであり、また身近なことでもなく、その程度の認識であった。

しかし、この「ハンセン氏病」がかつて「らい病」と呼ばれていたことを知った時は、ショックだった。過去の記憶に埋もれかかっていたが、自分の中にあった「らい病」についての否定的なイメージが、実は「ハンセン氏病」についての偏見そのものだったわけで、いささか愕然としたことを覚えている。このことは私に、無知であることの衝撃、恐ろしさをまざまざと感じさせた。

★★★オマケその2

映画館では久しぶりにこの映画のポスターを見た。

私の子供の頃の映画にまつわる記憶の一つに、このポスターがなぜか、非常に鮮明に残っている。砂浜を巡礼のような布キレを身体にまとった親子二人の姿を後からとったそのポスターについて、なぜこれほど記憶に残っているのかわからないが、ともかく生まれ育った田舎の町で、この映画のポスターが電柱につけられていた(通常の映画館の常設のポスター掲示のところとは違うところにあったからかも知れないが)。

その内容もわからず「へー、こんな映画があるんだ」と記憶に刻み込まれ、以来、いつかはこの映画を見てみたいと思っていたが、今日、ようやくその長年の希望がかなった。

こういうことがあると、映画が好きな人生というのはいいもんだなあ、となんとなく思えてくるからうれしい。

(子供の頃の記憶に鮮明に残っているポスターはもう一枚ある。それは、美しい貴婦人が薄い絹のようなものを素肌にまとって、籐椅子に腰かけ大胆に足を組んで正面を見つめているポスター。そう、かの『エマニエル夫人』のポスターである。こちらの方は、ここまで鮮明に記憶に残っていても全然、不思議な感じはしない)

(評価:★4)

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