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[コメント] 母べえ(2007/日)

山田洋次が描く戦闘シーンが一切ない、迫真の戦争映画。そして吉永小百合の最後の台詞に、彼の明確な、強烈な自己主張を見た。
シーチキン

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







最後の床で、娘の口を借りて語られる、死んだ父べえでなく生きている父べえに会いたいという母べえの願い。

劇中、それまで父べえを非難する夫の恩師や自分の父に対しては決然としてきた吉永小百合が、初めて家族である娘に言ったわがままであるようにも感じられ、それだけ、その思いの切なさ、痛烈さが伝わってくる。

大事な人たちが理不尽な死においやられたことに対して、何十年たとうとも、絶対にそれを「仕方がなかったことだ」と許容しない、ごまかすことをしない。静かだけども、その分、底知れぬ大きさとも思える怒りを感じさせた。

かつてスピルバーグが『プライベート・ライアン』で、生々しい戦闘場面を描いた。この映画は、それに匹敵する生々しさ、緻密さで、「銃後」の社会、暮らしを描き、そのことによって「銃前」があるということを肌身で感じさせる。

警察が囚人を護送する際の縄のかけ方一つとってみても、江戸時代かと思わせるような「お縄を頂戴する」有様。また戦前から導入された「隣組」制度の内実、などなど細かいところをあげていけばきりがないが、どれをとってみても、綿密に計算し一分のすきもないリアリティで築き上げられた世界は、まさしく戦時中そのものであり、戦争を遂行している様を描いた映画であった。

そしてその背景や世界の緻密さに、ひけをとらない名優たちが随所に配置されている。中村梅之助が初めて登場した時に、その方言を聞きながら、「あれ、山口県出身か?」と思ったがまさにその通りの設定で、あまりに完璧な方言に御見それしてしまった。そういうことのできる役者たちを集めたからこそ、迫真の戦争映画となることができたのではないだろうか。

戦争をやるとはどういうことであるか、その一つの答えがここにはある。

また壇れいの颯爽たる美しさにはびっくり。『武士の一分』とはまるで別人のようで、清冽なんだけど、どこかほっとさせるような、いつまでもしげしげと眺めていたいと言うか何というか、完璧な良さがあった。

(評価:★5)

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