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[コメント] マンチェスター・バイ・ザ・シー(2016/米)

ケイシー・アフレックルーカス・ヘッジズが並んで歩くシーンが度々あり、この歩くリズムはいい。矢張り、歩く人の画面は映画的なのだ。成瀬巳喜男を想いながら見る。
ゑぎ

 また、成瀬も現在のシーンと過去のシーンを切れ目なく繋ぐ試みを行っており(『妻として女として』等)、そういう部分でも成瀬を想起させる(インターネット上では小津を引き合いに出している記事を多くみかけますが)。

 ただ本作も、時間の解体は上手くいっていると思えない。過去のフラッシュバックは、アフレックの回想というよりは、作り手が恣意的に時間を繋いだ感覚が強い。病院で東洋系の若い女医から病状を告げられるシーンなんかが顕著だが、繋がりの悪い構成もあり、野暮は承知だが、時系列に繋いで欲しいと、ずっと思いながら見た。

 そして「アルビノーニのアダージョ」を8分間聞かせる例のシーケンスは、いくらなんでも、あざといというか、やり過ぎと感じる。だから、ということもあるのだろう、警察署のクダリも、遺影の扱いも、終盤のミシェル・ウィリアムズの会話の見せ場も、全部作り物臭くて鼻白む。そんな中で、アフレックがソースを焦がすシーンに挿入される、フラッシュバックは(回想ではないけれど)、これも作劇臭いと云えば、そう云えるのだが、シュールかつアイロニカルな感覚が良いと思う。こゝだけ演出トーンが異なり、シャマランみたいだ、と思った。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)寒山[*]

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