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[コメント] アキレスと亀(2008/日)

この映画は、観る人によって内容が(評価が、ではない)180度変わる作品。『夫婦愛を描いた喜劇』と読むか、それとも『夢に取り憑かれた才能のない男の悲劇』と読むかで、冒頭に提示されたゼノンのパラドクスに対するラストの答えは温かくも冷たくも聞こえる、と思う。(2008.9.18試写会レヴュー)
IN4MATION

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







過去の彼のどの作品よりも、シリアスで、そして笑えて、多くの人が死ぬ映画だと思った。

松本人志よりも北野派だなぁ、僕は。

特に画廊商とのアフリカの件が腹を抱えた。ただ、前半の流れでガチで行くのもアリ、だとは思う。毎回毎回笑いに走りやがって(笑)!

中尾彬の死にっぷりや、良し!

多くの人が夢半ばにして命を落とす。しかもみな余りに突然に。

真知寿はその全ての死に直面し、自らの命も賭して描き続けようとする。

首吊りした蒼白い父の顔、飛び降り自殺して、半面血だらけの母の顔、死に化粧の口紅を顔面に塗りたくった娘の死顔。その他多くの人の死すら、真知寿にとっては絵の題材になってしまう。

とってもシリアスな内容なんだけど、物語は青年期から中年期に入るや一転してコメディタッチで描かれる。でも、底辺に流れる物悲しさは同じ。

笑わせておきながら、次のシーンでは誰かが命を落とす、綱渡りな展開は真知寿の人生そのまんま。

ラストでアキレスはようやく無限小の限界を超え、亀を追い抜く。

ゲージツなんてものは、評価してくれる人が周囲に運良く現れるかどうかの話。真知寿が求めていたのは画家になることなんかじゃなく、幸子と共に愛ある家庭を築くことだった、と知る。

ただ、麻生久美子が結婚してくれた時点で、もうアキレスは亀を追い越してると思うんだけどな〜。樋口可南子になるまで気付かないなんて。。。

前半のシリアスな展開は嫌いじゃない。中盤以降、いつもの北野テイストに染まるけど、誰が観ても笑えて理解できる作品を作ることは、ここ最近の(『座頭市』以降の)北野作品には見られなかった構成。松本の『大日本人』を意識しなかったわけじゃないんだろうな。。。人の振り見て我が振り直せってことか。。。(笑)

ココから追記(2008.09.25)

内容に関して追記。

この作品、観る人にとってはすごく痛い映画だな、と思い直した。

普通「夢はきっと叶う!! 諦めずに頑張れ!!」とか「自分を信じて。それが一番の才能だよ!!」なんて方向にいくんだけど(本作も観ようによってはそう思えなくもないんだけど)、実際は真逆で、要するにコレ、『才能のないヤツに夢なんて人生の無駄だし、周りにも迷惑かけるだけだから、さっさとやめて真っ当な仕事就けよ』ていう映画に思えてきた。

島田紳助がM−1を始めた理由の1つは「漫才に対して恩返しがしたいから」らしいけど、もう1つは「10年も漫才やって準決勝にも出れないような才能ないヤツを辞めさせるため」と公言してた。

それと同じで、特に芸術家とか、スポーツ選手とか、芸能人とかは、あらかじめパイが決まってるわけで、そこにいつまでもダメなヤツが居座ってると、本当に才能のあるヤツが伸びてこれない。

で、なにより結局本人と、その周囲の人間のためにならないし、「好きだから」を建前にしても、それはけっして「=正しい」にはならない。だったら、さっさと辞めてちゃんと勉強するなり、職を見つけないと、いつか取り返しがつかない年になってしまう。

だから、主人公の真知寿をはじめ、歩道橋から飛び降りたヤツとか、アイツらの気持ちの痛さを感じる。

自分には才能がない。。。大抵の人はどこかで気付くんだけど、「いやいや、まだ俺の中にはすごい力が眠ってるんだ」とか、アホな事を本気で考えちゃう時がある。

「その為だけに生きてきたんだ」っていう、一種のプライドみたいなもの。

でも、ある時それがボキッと折れちゃう。それはつまり、今までの自分全否定。

そうなると、本当に目の前が真っ暗になる。「俺の人生って何だったんだ!!」って。

実際は何も始まってないんだけどね。

で、真知寿も多分そういう典型。けど、奥さんが献身的に支えてしまったから、完全に折れ切れなかったんだろうな。

だから画商の言葉を鵜呑みにしたり、誰かの真似したりして、だんだんと絵がダメになっていく。愛ゆえの哀しい悪循環。

目の前にありそうで、もう少しで近づけそうなのに、何十年経っても追いつけない。『アキレスと亀』とは、また秀逸なタイトルセンスだ。

ラストの20万円の値札をつけた空き缶は、この映画の、そして「夢」ってものの象徴なんじゃないかな。本当にその空き缶が20万かどうかは、自分じゃない誰かの価値観一つだし、他人からすりゃ、一生懸命描いた絵だろうが空き缶だろうが、ゴミって言っちまえばゴミだし、20万って言ったら20万。

皮肉だけど、伊武雅刀演じる悪徳画商の言葉が劇中で唯一真意を突いている。

問題は、それを「ポイッと捨てられるか」、それとも、「しがみついて生きるか」のどっちかだけど。

この映画は、観る人によって評価が180度変わる作品だな。夫婦愛を描いた喜劇ととるか、それとも夢に取り憑かれた男の悲劇ととるかで、まったく違う内容になる。

夢ってのはな、呪いと同じなんだよ。叶えられなかったヤツは一生、夢に呪われ続けるんだ…。』(『仮面ライダー555』より)

(評価:★4)

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