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[コメント] 硫黄島からの手紙(2006/米)

イーストウッドとアメリカ人スタッフの、誠意と限界。それでも賛辞を贈りたい。
緑雨

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







公式にはクレジットされていないようだが、この映画で、伊原剛志が演じた西中佐にまつわる部分は、明らかに城山三郎の小説「硫黄島に死す」をベースにしている。西の人となりから、捕虜にした米兵が持っていた母からの手紙のエピソードなどほとんどそのままである。(新潮文庫から出ている同名の短編集に収められているので、興味を持たれた方はご一読されたし。)

改めてこの小説を読んでみると、この『硫黄島からの手紙』という映画が表現し切れなかったもの、自分がいまいち物足りなく感じた理由が何であったのかを明確に認識することができる。

戦力面での圧倒的な不利のもと、米軍が「数日で終わる」と踏んでいた硫黄島攻防戦を、栗林中将率いる硫黄島守備部隊は何ゆえ36日間も持ち堪えることができたのか。宣伝文句にもなっている、この映画が最も描くべきその「理由」が、この映画からはうまく立ち現れてきていない気がするのだ。

戦術的には、地下要塞を張り巡らし堅牢な砦としたことが大きな要因だろう。この映画では、栗林とその他幹部との確執の種との一つとしては採り上げられているが、それ故に予想を遥かに超えて戦火が長引き米軍に多大な損害を与えたことはうまく表現できていない。これは単純に脚本の責任だと思う。

もう一つ、より本質的な問題として、やはりどう頑張ってもアメリカ人の製作スタッフに、日本の軍人の、日本人のメンタリティというものを掴み切ることは至難の業だったと言わざるを得ないのではないかと思う。城山三郎の小説からは自然に伝わってくるものが、この映画からは奥深いどこかでの違和感を孕んでしまうのは、致し方がない。

かと言って、イーストウッドに率いられたアメリカ人スタッフの誠意と良識を軽んじるつもりは無い。例えば、闇雲に玉砕に向かおうとする日本軍特有の非合理かつ不条理な精神主義・集団主義は、思想的にはリバタリアンとされるイーストウッドにとってみれば最も忌み嫌うべき類のものであるに違いない。しかし、この映画では、それに対してすら精一杯歩み寄り、理解しようとする努力を感じることができる。何より、これだけオーソドックスな作りの「戦争と家族」の物語を紡いで、日本人にもすんなりと受け入れられる内容に仕上げているというのは驚愕すべきことのようにと思う。もちろんややアメリカ向けに取り入れられたと見える部分も散見されるが、そこはもう最低限許容範囲のものとして認めてやるしかないのではないか。

我々の、ちょっとだけ上の世代の祖先たちが、硫黄島という荒涼たる孤島で、どのような体験をしたのか。それを、アメリカのビッグバジェットと制作力の力を借りた臨場感で「疑似体験」できる。そのことをじっくりと噛み締めたい。

(評価:★4)

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