[コメント] 或る終焉(2015/メキシコ=仏)
劇伴音楽といった不自然なものを徹底的に排し、フィルムの上の風景から丁寧に見つめるべき対象物を拾い見て注目する、という作業を観客に強いるフランコの映画作法はときに観るものに厳しく映る。結果、俺という観客は幾たびも眠り込み、そのためにラストの意味するものを掴めなかった。凡人には過酷な絶壁であった。
(水那岐)
投票
このコメントを気に入った人達 (0 人) | 投票はまだありません |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。