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[コメント] ライク・サムワン・イン・ラブ(2012/日=仏)

ストーリーだけを追うのが感興への無二の道ではない。鏡やガラスに映った擬似人格と生身の俳優との会話、そして敢えて贅肉を削ぎ取った脚本に、考えられる限りの役者の自然なアドリブをぶちまけた演技合戦。日本人俳優ばかりを使いながら、邦画とはかけ離れた冒険こそを満喫できる、キアロスタミ世界の延長線上の日本を愉しむフィルムだ。車内の娘を照らすネオンのなんと豊饒な滋味!
水那岐

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







しかし、アドリブをいかに重ねようと監督の掌のなかに俳優たちは幽閉される。本人の望むと望まないにかかわらず、その行動は監督によって厳密に制され、そこから逃げることは許されない。そこに監督の残忍な神の眼が存在し、皆を操縦する立場を崩さないからだ。それはあるいは無限地獄のような有様とも言えよう。

そうした脚本の地獄の中にあって、俳優たちがたぶん何度も自分を表現しようとし、駄目出しを繰り返したのちのフィルムだと気づくと、彼らの人間としての足掻きはいとおしいものとして見えてくる。自分の人生をより良いものにしようとする時間遡行者ででもあるかのように、その行動は虚しくも美しい。

だからこそ、奥野匡 の部屋の窓をぶち破る加瀬亮のきわめて現代日本的な「嘘ついてんじゃねえよ、ジジイ!」との怒号のなかに、粗暴な青年への多大な嫌悪感とともに、ごく微量の生きるものへの共感と哀感を日本人観客は見い出すことができるのではないか。ガラス瓶のなかで窒息してゆく和金魚のもがき、さながらに。

(評価:★5)

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