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[コメント] 太陽(2005/露=伊=仏=スイス)

ソクーロフ、脚本のアラボフは実に裕仁天皇のことをよく勉強しているし、海外資本の映画でなければ彼をここまで深くえぐり込むように描くことはできなかったろう。だが、やはりイッセー尾形の演じたのはロシア人の夢想する、お伽の国の王様の匂いがする男だ。
水那岐

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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イッセー尾形一世一代の物真似芸が堪能できた。こんな機会でもなければ、この芸を発表する機会は永久にやってこなかっただろう(物真似を馬鹿にしてはいけない。立派な彼一流の批評的演技の一環としてそう表現しているのだ)。と同時に、この演技はソクーロフの寂寞に包まれたダークトーンの画面の中であるいはユーモラスに、あるいは悲愴に自己主張し続ける。

だが、彼の巧まざるギャグセンスは戦時日本のものではないし、人間宣言を終えた彼の喜びの声「私たちはこれで自由だ」とは天皇の台詞とはおよそ信じられない。チャップリンと揶揄されておどけてみせるシーンもそうだ。

ちょっと話がそれるが、このおどける天皇は予告編で見られた海外ヴァージョンとは違うようだ。予告編の尾形はもっと陽気だ。そしてそれよりも、自分がこの映画を観る気になった罰当たり的に美しくもグロテスクなシーン、焼夷弾である小魚を腹いっぱいに孕んだ爆撃機たる巨魚が、東京上空で一気にそれを放出する小ブリューゲルもかくやというシーンが日本版では微妙に短縮されている。ソクーロフのイマジネーションの豊饒さの面目躍如ともいえる断片だっただけに、これを惜しむ。(いや、記憶の美化かな?だんだん確信が持てなくなってきた…w)

話を戻そう。やはり皇后の写真にそっとキスするもハリウッド女優のブロマイドにヤニ下がり、一人でダンスを踊ったりもしてしまう彼はロシア人の空想の王様である。しかし、それはそれでいい。近頃のこの国のように、裕仁天皇がA級戦犯を忌み嫌って靖国神社に参拝しなかった逸話を今頃流したり、マッカーサーに「自分を戦犯として死刑にしてくれていい」と語ったという「美談」がまかり通り、あるいはA級戦犯の一部の人物よりもっと罪深い側面を持つ、彼の「戦争責任」が薄らいでゆく効果の拡大が行なわれる状況よりはずっとマシではないか。

まあ、ちょっとだけ裕仁天皇がキュート(爆)に見えてしまう一作として、この作品は記憶されるあたりがちょうどいいのだろう。ただし、度が過ぎると「この」天皇は可哀想な人権喪失者のように見なければならない、などと頓珍漢な妄想に取り付かれてしまうから要注意。ロシア人はともかく、天皇が尾形のように面白いパーソナリティの持ち主だと信じている日本人は少ない、というつもりで書いたのに、真実が見えない者扱いされるのには閉口させられる(『ラスト・エンペラー』の溥儀もそうだが、西洋的メンタリティを掲げる人々は、どうも「被害者として祭り上げられた権力者」をウィットに富んだ楽しいオジサンにしないと気がすまないらしい。そうしないと西洋的観念の持ち主たる観客の同情を引けない、というあたりが本音だろう)。これを『プライド・運命の瞬間』まがいのリトマス試験紙映画ととっているヒトは、結構いるものなのだなあ。かなり怖い話である。

(評価:★4)

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