コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] アル・パチーノのリチャードを探して(1996/米)

「馬をくれ!代わりに国をくれてやってもいいから、馬をくれ!」
kiona

マーガレットの呪い等、シェイクスピア汁の沈殿層が端折られているのもむべなるかな。あのシーンも見たかった、この台詞も聞きたかったと思わせるのは企画が成功した証。原作好きがイメージの補完に使いたくなるような配役がけっこうあった。アン=ウィノナの若さ(青さ)、クラレンス=アレックの華奢な感じ、とりわけバッキンガム=スペイシーが狡猾なる邁進の果てに見せた弱さ、人間らしさが秀逸だった。肝心のリチャード=パチーノについては、独白や演説の迫力はさすがと思ったが、良くも悪くも格好良く見えてしまう。醜悪さこそグロスターの欠かせない要素と思えば、満点のリチャード三世ではなかった。とても好きなのだけれど。

ところで、コメント欄の有名な台詞は、リチャードというキャラクターを端的に表しながら、それ以上に鋭く人の業を歌い上げている。

人間、あまりにも大きなものが自分に欠けていたとすれば、選択肢は二つだ。一つ、欠落を真摯に受け止め、静かに受け入れること。二つ、欠落を埋め合わせるために、さらに大きなものを求めること。だが、それは身に余るに決まっているのだ。

体も心も欠けていたリチャードは、代わりに国を求め、ぶんどるも、それは掌の中で手垢にまみれ、歪み、のたうちまわり、逃れようとする。もちろん、彼は手放すまいとする。そのために剣を取り、馬を駆る。だが、やがて馬は消え、剣は折れる。今や何よりも必要なそれ。現在を走りきるために必要なものが馬であるとするなら、馬こそ現在の全てだ。だが、そもそも彼が馬を必要としたのは何故だったか?未来を手にするためだった。手に入れた国を手放すまいとしたからだった。それが今や馬を買うための泡銭、現在をやり過ごすための空手形と化す――人の行為が帰する所の抗いようのない矛盾、そして無常。だが、なおもリチャードは力強い。自分が思うように生きようとする人間の力を感じさせてやまないのだ。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。