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[コメント] ドーベルマン(1997/仏)

映画の暴力描写に関して
kiona

 百本に一本の映画が、こんな風に暴力衝動を解放するのはありだと思う。この映画は貫いた感があり、俗な悪影響は残さなかったんじゃないか。爽快を通り越して不快なところまで行ってしまい、真似したいとかそういう次元を凌駕した気がする。逆説的とはいえ、暴力は美化されなかったように思う。そして美化されていない限り、安全装置としての道徳は必ずしも必要じゃないと考える。

 マスコミは映画の暴力描写が青少年に与える影響を取り上げるが、連中は何故そこで映画の責任ばかりを問い、自主規制が最善であると安易に結論付けるのだろう? 問題は、何故こういう映画が存在するか? ではなく、何故こういう映画を観て感化されるバカが存在するか? ということなのに。

 たとえば俺がこんな映画を見ても人を殺さないのは、こういう野蛮な映画見ても悪影響を拒否するべく、きちんとした初等教育がなされているからです。ワクチンがあるということです。健康とは菌に当たらない状態じゃありません。菌に当たりながら、それを相殺する抗体がある状態のことです。映画に換言するなら、暴力的な映画を観ない、見せない、或いは造らないことではなく、観ても、見せても、造っても、受けた悪影響を体内で相殺できる状態のことです。だって現実はもっと酷い暴力に満ち溢れていて、全ての子供達は遅かれ早かれそんな世界に巣立っていくのだから。彼らの体内に大人になっても機能するワクチンを注入してやるのは、育てる側の義務です。

 この程度の暴力映画が規制され始めたら、それこそ免疫不全の末期症状ですが、そんな歪な社会になりかかっていると言えるのかもしれません。坊やに俗悪な映画は見せられないザマスなんて親に限って、電車や病院で自分の子供が大騒ぎしてたって注意ひとつしないもんです。自分で教育できないなら、むしろ彼らの価値観形成を映画に委ねてもらった方がいいのに。

(評価:★4)

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