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[コメント] クリード 炎の宿敵(2018/米)

いやあもう泣けて泣けて、オッサンがそれこそパンデミックのファースト・キャリアかってほど目を腫らし、桜木町のシネコンを出たところのエレベーターに居合わせたお姉さんたちをどん引きさせちゃってこっぱずかしいかぎりなんですが、こんなことは十二年ぶりというか、あのときはあれ何て映画だったかな……確か『なんとか・ザ・ファイナル』?
kiona

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 この間に『クリード チャンプを継ぐ男』という優秀な映画があった。シリーズを愛していることを誇示しながらも、シリーズのエッセンスの中で現在の感覚やリアリティにも耐えうる部分、あるいはご愛敬として受け入れてもらえそうな部分のみを厳選して抽出し、巧みに練り上げた秀作だった。たとえばアポロ・クリードのヒストリーは『炎の友情』をふくめて動かせないところは動かさず、鶏であるとか地下での第三試合であるとかは小ネタとしてさらりと盛り込みファンをくすぐりながらも、本筋には据えない。本筋はきっちりクーグラーのオリジナルだった。顕著だったのは、アドニスとの疑似親子関係を綴るにあたり邪魔にしかならないロッキーの実子をとっととカナダに追いやったことだ。実子との相克が色濃くあった『なんとか・ザ・ファイナル』まで汲んでらんなかったわけだ。無理もない。『シン・ゴジラ』に『キンゴジ』まで汲めと言うようなものだ。違うか。

 その後、能力の高いシンデレラ・ボーイは自身の階段を駆け上がるべく、『クリード2』ではなく『ブラック・パンサー』へとシフトしていった。素晴らしいことだ。三部作を撮るとも言われたクーグラーが続編を撮っていたらさぞかし優秀な続編となったったにちがいない。あるいは、この『炎の宿敵』とはまったく違う映画になっていただろう。

 なぜなら、この『炎の宿敵』の脚本にはスタローン汁が波打っているからだ。

 ドラゴはもちろん、スタローンが直々に打診したのであろうブリジット・ニールセンの出演(十二年前にはタリア・シャイアが辞したというのに……)を始めとする人事もさることながら、『炎の友情』を臆面もなくなぞるプロット。あのシリーズ最高収益をあげた一方で恥ずい大根アクション・スターのアメリカ万歳バカ映画と揶揄された一本のエッセンスをこのご時世にぜんぶぶつけてくる意地にまず震えるのだが、それ以上に前作『チャンプを継ぐ男』の設定を丹念に引き継ぐその誠実さにますます胸が熱くなる。個人的に叫びたくなるほど興奮したのは、クライマックスの一戦を前にした入場で嫁がライブをぶちかますくだりだ。字面で見たらありえない、こんなん新人の脚本家が書いてったらプロデューサーから脚本投げ返されるような、それこそ中二病以前の、小学生かという発想だが、俺が愛するシルベスター・スタローンとはまさにそれをエンタメ業界のど真ん中でぶちかまして続けてきた男なのである。クーグラーなら絶対やんなかったであろうこのくだりは、この ME TOO な時代に、障害を負いながらも拳を突き上げ夫と共闘する21世紀のエイドリアンを爆誕させてしまった。

 そのようなスタローン汁は、ファンがたじろぐほどのファンタジーを展開してしまうので見逃しそうになるのですが、ひとたび人間の生活に移るや、びっくりするほど繊細な書き込みを見せるのです。アドニスが父親になって逆に拙さをさらけ出すくだりも新米パパのアルアルで本当に良いんだよ。彼、出産の瞬間は一番冷静じゃないですか? 「障害はどうなんだ?」って。でもこれって、自分が出産するわけではない男の打算なんです。ひとたびお守りを委ねられたらそんな打算は通用しなくて、自分の未熟を思い知るんだ。そういうのが当たり前のように描かれている。

 個人的にこの映画のハイライトはドラゴ、いやその息子、ヴィクターだ。アドニスもヴィクターも追い込みのカットバックからクライマックスがドライブする過程でハッとするほど純粋な少年の顔を見せるのだけれど、特にヴィクターがたまらない。もうどんだけ勝ち進んでも卑屈な野良犬が、どこまでいっても卑屈なのは自分を捨てた母ちゃんのせいじゃなくて、崩壊しても修羅の国なオソロシアのせいでもなくて、自分を育てた父ちゃんが卑屈だからなんだけど、最後の最後まで父ちゃんを裏切れず、嫌だと思いながらも相手の傷を攻めて、それでも打ち返されるならもういっそ壊されて死ぬまでやりたかったと思うんだよな。ああ、それなのにオヤジ……あんた、何タオル投げてんだよ、勝手に終わらせるなよ。負けて、母ちゃんもまた愛想尽かして行っちゃって……生き延びたって何も得るものねえって教えたのはあんたじゃねえかよ――と駄々をこねる息子に対して「もういいんだ……」としか言えない父親が投げたタオルの意味を、しかし我々は知っているのである。それは、ドラゴに殺されるアポロのためにロッキーが投げられなかったタオルなんだ。それを、父親になってしまったドラゴ自身が投げたのだ。ここにはアドニスが障害を負った娘を育てていく父親の覚悟を得るためにリングにあがったこととの神々しいリンクが浮かんでいるのだけれど、それには誰にも気がついていない。ロッキーさえも気づいておらず、結局ロッキーたちとドラゴたちは何の言葉も交わさないで終わり、ただ最後に再びカットバックだけが「これが君の世界」と物語る。そして、ロッキーは実子ロバートとともに我らが『ロッキー・ザ・ファイナル』を取り戻してみせる。

 これらをこのクオリティで過不足なく見せてくれたこの演出に、自分は何の文句もない。むしろこの期に及んでこのシリーズがこのクオリティで打ち続けられている事実にあわてる。だってもう冒頭とかやばいじゃないですか。薄ら寒いウクライナの民家で孤独な男の背中から始まり、獣みたいな若者の腹をボクッて殴ったと思ったら、この人ドラゴなわけじゃないですか。ここを始めにずっとサイレントじゃないけど、セリフないんです。そして、控え室のアドニスの背景の鏡の片隅になんか見えたなと思うと、あの低いくぐもった声が初めてのセリフを発するんです。この瞬間、もうブワッと泣けた。あとはもうドルフ・ラングレンが出てきてヒギィって顔するだけで泣けて泣けて仕方なかった(ちなみに『チャンプを継ぐ男』で泣けたのは唯一、アドニスがいよいよやられそうになった折のフラッシュ・バックでアポロが高笑いする瞬間でした。実に冷静でちゃんとした映画だったんだ思います!)……というわたくしの涙腺は、考えてみるとまったく信用ならないと思います。自分で読み返してみても、これビョーキだと思います。だけどあの人ももう、いい年で……あと何年……あと何回この人を見られるのかと思ったら、帰りの電車でまた涙が出た……ひとりパンデミック!

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)irodori アブサン プロキオン14[*] けにろん[*]

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