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[コメント] シェイプ・オブ・ウォーター(2017/米)

お高いチョコレートのようにリッチな佳作で、文句を言ったら罰が当たりそうなほど丁寧な仕事なのだけれど……『スリー・ビルボード』が連鎖しているところで、『シェイプ・オブ・ウォーター』連鎖してない。もったいない。
kiona

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







たとえば、主人公が親友のじいさんに半魚人の救出を訴える場面。「私には私の人生がある」とばかりに彼女の訴えを拒否したじいさんは、しかし、自分の仕事を取引相手の元上司から時代遅れとあしらわれ、慰めを求めておとずれたおまずいパイのチェーン店で恋慕相手の店長に「気持ちわりいな!」とお断りされる。直後、店長は店に入ってきた黒人夫婦を乱暴に追っ払う、差別主義の権化だったことが判明する。この顛末にプッツンしたじいさんは、主人公の半魚人救出作戦に参戦するというくだりを軽快なレトロ・ポップにのせて一気見させるのだけれど……

段取りくせえな、というか下味が見えてしまって、なんだかのれなくなってしまった。聾唖である主人公の周りは半魚人ふくめてマイノリティの詰め合わせ状態で、そこに世相を討とうという意図が見えなくもないからアカデミー賞ノミネートで、その構造がこのラッシュで透けて見えた感じがして、自分は退いてしまった。テーマや意匠ではなく、単に演出の問題で、たとえばもっと露骨に同質のテーマを内包する『スリー・ビルボード』はこのあたり徹底して周到だ。もっと巧妙に積み上げて一気に連鎖させる。そう、ぷよぷよだ。『スリー・ビルボード』が三連鎖しているところで、『シェイプ・オブ・ウォーター』連鎖してない。もったいない。

という問題は、でも、自分にとってメインではなくて、なにしろこれは半魚人の映画なのだから、重要なのは半魚人なのだ。これがなあ、トー・スイートなんだよなあ。半魚人が猫かじっちゃったところで、自分のようなクリーチャー・フリークは「来た来た」と思うのだ。そこにはマイノリティの断絶を越える、超マイノリティの暗澹がモチーフとして内在しているはずで、その救いようのない真っ暗闇こそがクリーチャーが最たる文学性を発散する瞬間なのです。ところが、この半魚人は早々に周りの猫にごめんねして、じいさんのAGAにもどっかの教祖様みたいなこなれた手さばきでご対応いただけます。一方のじいさんもさすがはご自身マイノリティのオリンピック代表だけあって、「自然の摂理だからしかたがない」と四回転ばりのご理解をしめされます。

ちーがーうーだろ!! おまえ、それじゃあ、ディズニーのあれと変わらんだろ。そこはたとえば、聾唖の少女が唯一の友達である猫を頭からかじられて発狂、それを見てぶちきれた母親が硫酸もっておっかけまわし、ぶっかけられた半魚人はギャヒーとのたうち回るも訳が分からないから哀切かもすってところだろうが! ちゃんと半魚人の現実を思い出せよ。いや、半魚人の現実って何だよ。とにかく、ピー・ジャク病だと言いたいんだ。キング・コングにナオミ・ワッツとスケートさせてはいけませんとあれほど言ったのに、おまえらはクリーチャーが好きすぎて高校生カップルのようにチュパチュパはじめちゃうんだ。それなあ、あんまり綺麗なもんじゃないんだよな。つつましさが大切だと、お父さんは思うんだ。ちゃんと『ガメラ3』を見たのか?

とだけ書いてしまうと、まるでデル・トロをなめているみたいだが、そんなことはないのです。連鎖していないと言ったパーツは、でも、単体で見るとどれも丁寧で、わけてもよくできたパーツは冒頭のナレーションが「そして、すべてを怖そうとしたモンスター」と意図的にミスリードして表現したところの敵役、ストリックランドだ。人間こそが本当のモンスターというクラシカルなテーゼ、ないしは彼がモンスター化していく過程が実はなにより丁寧に描かれている。彼を“造った”元帥にはトランプの面影がちらつき、その論理には世紀を越えて甚大な格差社会に帰着した米ソ冷戦下からのむやみな競争社会が劣等感を怪物にしたてていく過程がきちんと織り込まれている。この映画はむしろ、『ガス人間第一号』の後継と語るべきかもしれない。その意味で、ちゃんと大人の映画です。行ってこいよ、アカデミー賞。『スリー・ビルボード』が取ったら、「一番弱い奴が出て行った」って言うけどな!

とツラツラ書いたのは、今回どうしても引用したいセンテンスをこの映画の映画評のなかに見つけたからなのです。映画評なんて家畜小屋の吐息ぐらいにしか考えていなかった生意気な高校生だったそのむかし、この方の特撮映画評を見て溜飲を下げたことを思い出しました。

樋口尚文の千夜千本 第103夜「シェイプ・オブ・ウォーター」

私は『七人の侍』とともに『ゴジラ』があの年のヴェネツィア映画祭で受賞しても何らおかしくなかったと思うし、まさにモダン特撮とハリウッド的なハードボイルド・タッチ、そして幽玄なオリエンタリズムのアマルガムであった『ガス人間第一号』などはベルリン映画祭などで受賞したって全く不思議ではないクオリティであった。ただ、それらの作品は自らをキワモノ的な見世物映画としてつつましく自己限定する謙譲の美徳に貫かれていた。

(評価:★3)

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