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[コメント] グレイテスト・ショーマン(2017/米)

アナ雪』のほうがまだ節操あったんじゃないの……
kiona

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







リーマンショック以降の不況でアメリカのエンターテイメント映画はいっせいに短尺化して、それまでビッグバジェット二時間半とか平気でやっていた脚本も演出も混乱し、ろくな感情曲線を描けていなかったように思う。とにかく課題だったのは、プロット(プロセス)の整理といかにわかりやすさで押すかという、まあ言ってみれば外資系ビジネスの現場すべてを牛耳る普遍的なテーマだった。それらをたかだか一時間半にまとめあげるスキルをついに身につけてミュージカルで実践してみせたのが、本作かと思う。今や格差と分断というカセは永久に機能する自家発電のようだし、マイノリティ解放のメッセージは映画館のカタルシスのためにあるみたいだ。ダレ場など組み込む余地のないタイトな構成は面倒くさい葛藤は排してご用件のみを見事に片づけていくが、解雇や失敗や差別というダウナーな場面にあんまりつきあいたくない現在の観客の情動とも利害が一致する。楽曲は全曲、エモい。これでもかというエモをセレクトしたベスト版のようだ。言っちゃあなんだが、『アナ雪』のスコアのほうがまだ節操あったんじゃないの……

私はエモいの、好きです。エレクトリックでメタリックなくせにおセンチで大げさな楽曲、レリゴーとか十分いけます。逆にタミオとか恋ダンスとか苦手です。そういう自分を認めたくないのはわかりやすいと思われるからっていうのもあるんだけど、AマイナーからCメジャーに移られると胸アツってパブロフの犬みたいだなと……。この映画は「いいや、そんなことはない。パブロフの犬じゃない!」と言い張れる品の良い免責でがっちり固められていて、むしろおいそれと退会が許されない優秀な構造であるのは大変ありがたいことかと存じます。

わけても感心したのは、サーカス立ち上げの苦労とかすっ飛ばしながら、“見せ物と本物”というテーマをど真ん中に持ってきたことだ。一気呵成の成り上がりモードでそれなりに良い気分だったのに、そこに本物のオペラ歌手が降臨してくる。次元が違う。モンスターの登場に、「ああ、わてら、やっぱり……」と思い知らされるマイノリティ一同。悲劇は、主人公に本物を知る目があったことだ。自分の感性を裏切れない男は、驚くほどきれいにぜんぶを蔑ろにしてモンスターに帰依する。

個人的に、これってしゃれにならない深遠なテーマだと思うのだ。本物を知るということは、自分や自分が愛する対象が本物でないことを知ることだ。その苦みって、自分をかき消しかねないほど尾を引くものだと思うのだ。なぜなら、本物にたかる者たちはどんなにいけ好かない奴らだとしても本物を知る者たちなのだ。上流の差別主義者どもがただのめっかちであったなら、どんなに胸がすくことか。けれども、あのいけ好かない批評家なんぞは、ひとつも嘘を言っていないのである。むしろ、彼こそは知っている――彼女のブラックホールは知らなくても、それが奏でる音は容易に聞き分ける。モンスターの孤独こそが究極であり、群れ集うマイノリティの連帯も遠く及ばない。それを主人公は嫌というほど味わったはずなのだ。どうやって回収すんのよ、ここ――と、小心者の私などドキドキしたものでございます。

で、この映画はどうしたのか? いよいよモンスターに迫られた主人公が「えっ……なに? 何の話?」みたいな阿鼻叫喚のすっとぼけをかまして(好意的に言うなら「惹かれてはいけない」と思って、はぐらかして)、お怒りになった彼女がすべてを吹っ飛ばすんです。サーカス小屋まで吹っ飛ばした裏で、主人公が抱えたはずの絶望や虚無をも御破算にするという荒技強制終了……! いかようにも文学の領域に踏み込んだはずの心理的葛藤をアクセントに使用するのみで、結局は「俺たちは俺たちだよな」とか「もう一回やろうぜ!」とか「やっぱ家族が一番だよな!」とかまたもわかりやすいアレにすりかえたとしか、私には見えませんでした。わかります。「俺は俺や」と思ってやっていくしかないもんな! ヒック…

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)プロキオン14[*] けにろん[*]

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